原点を見つめて それでも人生は生きる
著者
曽野綾子
出版社
祥伝社
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2002/2/15
ISBN4−396−61137−4
幸福・笑顔・優しさ・清潔・元気・未来・・・昨日まで当たり前だった〈生き方〉が通用しなくなったとき、人はどこに立ち戻ればいいのだろう。

幸福・笑顔・優しさ・清潔・元気・未来…
昨日まで当たり前だった〈生き方〉が通用しなくなったとき、
人はどこに戻ればいいのだろう

今、自分がいる「足元」を照らすために
●本当の意味で「食えない」ということ
●「助けてもらわねば死ぬのだから、人も助けねばならない」
●人の心を、自分の価値判断で推し量ってはならない
●この世には、たった一ついかなる論理も受けつけない状況がある
●最低線の暮らしにある、最高の安定
●「他人を恐れる」という動物的本能を失ったとき
●憎しみは一つの生きる情熱であるということ
●人生の多くのことは、「待つ」以外に解決法はない

 

 

人は「目的地」だけを知っていればいいのか

このエッセイを、私は一つの体験の記憶から始めたい。
今から二十年近く前、私は初めてシナイ半島の砂漠に入った。
プロテスタントの信者さんが多いツアーに加わって、兵員輸送車、つまり無蓋のトラック、で移動しながら聖書を勉強し、夜は寝袋で荒野に寝る体験をすることになったのである。
夜中に私は眼を覚ました。
自然が呼んだのである。
月のまったく見えない夜であった。
私の寝袋は人の腰くらいの丈の茂みの根本に置かれていた。
私は懐中電燈を手に立ち上がった。
星あかりを頼りに眼をこらして見ると、背後には僅かに薄黒い岡が見える。
私は百歩行って用を足し、そこから岡をめがけて百歩戻れば寝袋の所に戻れる、と判断した。
百歩はかなりの距離だったので、私は五十歩行ったところで懐中電燈を消して振り向き、それから傑然とした。
私は自分の寝袋の所に戻れないことを発見したのである。
漠然とした岡の稜線などは、とうてい目標にならなかった。
後で考えると私は何も慌てることはなかったのだ。
あと四時間ほど砂の上にひっくり返っていれば、東の空は僅かに白んで来るだろう。
少しでもあたりの様子が見えれば、私の寝袋の位置も見えるはずであった。
それに砂漠は夜冷えるとは言っても、凍え死ぬほどの寒気ではない。
それにもかかわらず、私は恐怖に捉えられた。
自分の居場所に戻れない、という不安はかつて体験したことのない、動物的な恐怖だった。
いや、動物なら、こういう場合何なく自分の巣に戻るものだろう。
何の灯も目標物もない荒野や砂漠では、人は二つの光源を必要とすることを私はその時肝に銘じたのであった。
一つは自分の出発した地点に置くためで、もう一つは今自分がいる足元を照らすためである。
私は五十歳を過ぎてから、再びサハラ縦断の旅をした。
サハラの中心部は、この上なく優雅なサーモンピンクをした砂漠だが、北部にはしばしば岩漠や土漠、あるいはそれらの混合した状態が見られる。
岩漠にはあちこちに大きな亀裂がある。
その深さがどれだけかよくわからないものも多い。
夜もし懐中電燈を持たずに歩いたら、私は間違いなくこの亀裂に落ち、たとえ僅か一メートルの深さのものでも足を骨折するだろう。
そしていくら自動車で移動しているとは言っても、砂漠で足を折るということは、都会で足を折るのとはまったく違う危険と苦痛を伴うことになる。
もし砂漠の中央部の、一四八○キロに及ぶ完全な無人地帯でこうした怪我が発生すれば、その人は添え木を当てるという程度の応急処置を受けるだけで、多分車で四日くらい走り続けなければ、どうにか痛みを止めて貰える方途を持つ文明社会に到達しないのだ。本文P.12〜14より引用

 

 

 

 

このページの画像、本文からの引用は出版社、または、著者のご了解を得ています。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved. 無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。