最後のディナー
著者
島田荘司
出版社
講談社NOVELS/講談社
定価
本体価格 800円+税
第一刷発行
2001/12/5
ISBN4−06−182227−6
御手洗潔からの電話が時空を超えた奇跡を起こす! 絶対的推理と圧倒的感動が煌めく怪事件 


龍臥亭で出会った里美と石岡に新たな事件が。僧侶を救うため、老婆は噴火で一面灰に覆われた畑から誰にも見咎められず大根を引き抜いた!?(「大根奇聞」)英会話学校で知り合った孤独な老人がとったイヴの夜の謎の言動。過酷な運命の連鎖を圧倒的筆力で描いた表題作ほか。日本を去った御手洗潔から、驚くべき啓示がもたらされる。

 

1

あれは平成八年の四月のことだったと思う。
御手洗がいなくなって、驚かされることも少なくなっていた私の、ど肝を抜くような事件があった。
そう書くと、読者諸兄姉はある程度予想がつかれるのであろうか。

最近はそういう内容の手紙が多く、実はこの稿も、そういう手紙の要求に応える気分で書いている。
あるよく晴れた春の日の、午前十一時頃のことだった。
地獄の暗がりのような私の部屋の、ベッド・サイドに置いたテーブルの電話が鳴った。

いやいや受話器を取ると、いやにかん高い女の子の声が、いきなり私の耳を打った。
「もしもし!」
ゴムマリのように弾んだ声がそう言い、私は当初これを、子供からのもののように感じた。

表に充ちているのであろう陽光の強いエネルギーが、そのまま部屋に飛び込んできたようで、私は声と自分の気分との落差に戸惑った。
その溌刺さは私の眼気を醒ましはしたが、この時の私は、そう明るい気分でもなかった。
「はい」

と私は陰気に応じた。
そして老人のようにゆるゆるとベッドに起きあがり、いつもそうするように、小テーブルの上のライトの、下から覗く紐を引いた。
黄ばんだ明かりが殺風景な私の部屋をぼうと照らし、私はその陰気さに心の底からうんざりした。

また今日も、この部屋で一人生活を開始しなくてはならない自分の運命がうとましく、睡眠薬でも飲んで永眠したくなった。
「先生!」
女の子の声は、また叫ぶように言う。

「はい」
と応じてはみたものの、相変わらず誰だか解らない。
「元気ですか!?」

そう問うので、私は眠気と闘いながら、しばらく無言で考えた。
これは誰だろうと思ったのだ。
こんな若い子に知り合いはない。

しかしあなたは誰ですと尋ねるのも間抜けに思われて、言葉が出ない。
「ね一先生、、元気じゃないのー?」
じれったそうに彼女は訊いてくる。

「あ、元気です」
とっさに応え、続いて私は、これは間違い電話であろうと判断した。
「あの、何番におかけですか?」

私は丁重に尋ねた。
「だって石岡先生でしよう?」
相手が言ったので、

「あ、はい、そうですが」
と言って、私は驚いた。
「いやだ、先生私のこと、もう忘れたんじゃろか」

ほんの少し沈んだ声になって、彼女がつぶやくようにそう言ったので、相当老朽化した私の頭も、ようやく回転を始めて記憶を甦らせた。
「里美ちゃん!? もしかして里美ちゃんなの?」
「そおー、やっと解ったねi。もう忘れられちゃったのかって思ったよー」

相手の声に、ほっとしたような明るさが戻った。
犬坊里美だった。
信じがたいことだ。
あの里美が私の部屋に電話をしてきた。(最後のディナー 本文より引用)

 

 

 

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