女性所長ハマー 下
著者
パトリシア・コーンウェル (訳/矢沢聖子)
出版社
講談社文庫/講談社
定価
本体価格 619円+税
第一刷発行
2001/12/15
ISBN4−06−273325−0
連続する凶悪犯罪つ次いで、州東部タンジール島ではバージニア州からの独立を求める住民氾濫が勃発。さらに新たな殺人事件も発生し混迷を深める事態の中で、警察は正義を貫けるのか。すべての謎が、人物が、火花を散らす旋律のクライマックス!検視官シリーズのケイ・スカーペッタも登場する超話題作!


連続する凶悪犯罪に次いで、州東部タンジール島ではバージニア州からの独立を求める住民反乱が勃発。さらに新たな殺人事件も発生し混迷を深める事態の中で、警察は正義を貫けるのか。すべての謎が、人物が、火花を散らす戦慄のクライマックス!検屍官シリーズのケイ・スカーペッタも登場する超話題作。

 

 

18

救急隊員はつぶれた釣り具箱のそばで燥っている身元不明の男に人工呼吸を試みようとはしなかった。
なんとも不思議な遺体だった。
黒焦げになっているのは胸だけで、ほかはなんともない。
しかも、この不可思議な死の原因となりそうな火事は、その付近では一件も起こっていないのだ。
「心臓に火がついたみたいだな」スザッパ刑事は言った。
「あるいは肺か。煙草を吸っててこんなふうになるものかな?」
「なにかのはずみに煙草の火が肺に燃え移ったってこと?」トリータ・ビッブは十五年救急車を運転しているが、こんな遺体を見たのは初めてだった。
「まさか」
しばらく考えてから
自問自答した。
「そんなことあるわけない。煙草はこの人の不運な死とは関係がないと思う」
救急車の女性運転手は、もっとよく見ようとしてしゃがんだ。
「なんか胸のとこにクレーターがあって、それが噴火して背中まで燃えたみたいね。
この大きな穴から舗道が見える。ほら」
手袋をはめた手で黒焦げの胸に触れた。
「胸の骨まで焼けちゃってるわ。でも、それ以外はなんともない」当惑とショックがこみあげてきた。
いったいだれが、どうやって、なんのためにこんなことをしたのだろう。
たちまち周辺に車の列ができた。
パレード見物でもするように道路際にずらりと並んでいる。
野次馬や報道陣が集まってきて、警官が規制に苦労していた。
釣りをしていた男が燃えて火の玉になったという噂が、あっというまにひろがっていた。
それも、先日、トリッシュ・スラッシュの惨殺死体が発見されたベル・アイランドのそばのキャナル・ストリートで。
「なにかあったの?」バービー・フォッグという主婦が、ミニバンの開いた窓から聞いた。
「新聞を読んでくれ」警官が懐中電灯を振って進めと合図した。
「うちは新聞とってないの」
バービーは額に手をかざして懐中電灯のまぶしい光を避けながら、空を見上げた。
どうして街の上空を大型ヘリコプターが何機も飛んでいるのだろう。
「凶悪な連続殺人犯が脱走したんじゃないの?」とたんに寒気がしてメッシュを入れた髪が逆立った。
「ついこの前、女の人が殺されたでしょ。きっとあの犯人よ。なんて恐ろしい。なのに、わたしは自分や家族を守ることもできないんだわ。新聞とってないし、警察はなにも教えてくれないし。これじや、警察は市民に嫌われるわけよ」
バービーのミニバンが通りすぎると、また次の車がとまった。
ドライバーは視力の衰えた年配の女性だった。
「ダウンタウン高速道路に出たいんだけど」ラモニアという名のおばあさんは、懐中電灯を振っている警官に言った。
「聖歌隊の練習に遅刻しそうなの。いったいこの騒ぎはなに?」
ラモニアは窓から首を出して、ブラック・ホークが何機も飛んでいる方向を見上げた。目
はよく見えないが、耳はまだ聞こえる。
「戦争でも起こったみたいだけど」
「ちょっと厄介なことになっただけだ」警官が答えた。
(本文P.7〜9より引用)

 

 

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