シックス ・ センス 逃亡者
 
  事件は終わっていなかった・・・・・・ 再び始まる恐怖と感動の物語 *** 次々と失踪を告げる十代の少年少女たち。親友ジェイソンの兄がその中に・・・・ ***  
著者
デイヴィット・ベンジャミン / 酒井紀子・訳
出版社
竹書房文庫 / 竹書房
定価
本体価格 590円+税
第一刷発行
2001/3/31
ISBN4−8124−0732−X

“死者を見る能力”を持つ少年コール・シアーに安息の時間は訪れない。課外授業中、偶然目撃した飛行機墜落事故が解決したのも束の間、再び事件が起こった。親友であるジェイソンの兄テッドが謎の失綜を遂げたのだ……。さらに飛行機事故で亡くなった人間が再びコールの前に現れる……。事件は解決したはずではなかったのか?テッド失綜との関係性は?コール少年の“シックス・センス”によって、謎は解明されるのか。『シックス・センス生存者』に続く、オリジナル小説シリーズ第2弾!

プロローグ

「パパ、僕、犬を飼いたいんだ」コールは、バスルームの床に散らばったオモチャの兵隊を整列させながら言った。
父はシェービング・クリームの缶を念入りに振り、ケーキに添えられている生クリームそっくりの白い泡を手のひらに取り出した。
シュワシュワと音をたてて、浅黒い手に泡が盛り上がっていく。

「何だって?」コールと同じ薄茶色の髪は、丁寧に後ろへ撫でつけられている。ランニングシャツから突き出た二の腕は、小柄な父の身体とは不釣り合いなほどたくましい。
コールは顔を上げ、崇めるような眼差しで、かすかに波うつ上腕筋を観察した。
「犬を飼いたいんだ」父は返事をせずに、石けんとミントの香りを漂わせながら、顔に当てた剃刀を下から上へと動かし始める。
最初はあご、次は頬、そして鼻の下。

「ねえ、パパ……」
「……犬か」泡だらけの鼻の下をぐんと伸ばしたせいで、父の声はひどく聞きとりにくかった。
「え?」コールは洗面台へ身体を寄せた。

「犬を飼いたいのか?」父は水道の蛇口をひねり、水で剃刀を濯いだ。
「うん……」黒いセルロイド・フレームの眼鏡がバスタブの縁に置いてある。コールは立ち上がり、眼鏡を手にとると、タオルで顔を押さえている父に差し出した。
「ありがとう」父は眼鏡をかけると、ため息をついてコールの前に身を屈めた。

内の内まで見通すような鳶色の瞳が、じっと息子を見つめる。
母親のリンは、コールの目が父親そっくりだと言っては、なぜかいつも悲しげな顔をするのだ。
「なぜ急に、犬を飼いたいなんて言いだすんだ?」コールはうつむいた。

「べつに……何となく……」鼓動は不吉な調子で高鳴っていく。
”パパは知ってるのかな?”彼は正直なところ、学校が嫌いだ。友達と呼べるようなクラス・メイトは一人もいないし、第一、あの陰気な古い校舎がコールをふさぎこまぜた。

でもママに学校のことを聞かれた時は、なるべくにっこりと笑って”すごく、楽しいよ!”と答えることにしている。リンが選んだ学校を、自分も気に入っているように繕っておきたかったのだ。
だが所詮は、どんな学校へ進んだところで同じようなものかもしれない。コールは、休み時間にも席から立たず、机の上の落書きをにらんでいる自分を思い浮かべた。
一方、無口な父がコールに友達や学校の様子をたずねたことは一度もない。父はむしろ、家で本ばかり読んでいる彼を心配していた。

七才の息子が、いつになったらサッカー・ボールや野球のグローブをねだるようになるのか、ということの方が重大な関心事らしかった。
セント・アンソニーズ・アカデミーの小等部に進んだばかりのコールは、父と母の喧嘩の原因の一つが、自分の進学であることを知っていた。米国屈指の名門私立校の授業料は決して安いものではない。シアー家の経済状態では、ほぼ不可能に等しいほどの出費となる。

父はコールが、近くの公立校へ通うことが当たり前だと考えていたのだ。もちろん両親は、共働きで家計を賄っている。
父は夕方まで靴工場で働き、母は保険の外交員をして夕方遅くまで歩きまわっている。
「いざとなれば、私が夕方から雑貨屋ヘパートに出るわ」収入のことで父と口喧嘩になると、決まってリンは言った。

だがこれは、夫に対する当てこすりでも、勢いに任せてのはったりでも何でもなかった。シアー家にとっては、極めて切実な打開策だったのである。
夕方に仕事が終わるはずの父の帰りは、だんだんと遅くなっていった。しかも、玄関から入ってくる時の彼の顔は、ほとんど毎日不機嫌そのものだった。
工場の同僚たちと、たちの悪い賭けポーカーに夢中になり、酒を飲むことも多くなっている。まだ三十歳になったばかりの彼の表情は、日に日に老けていくようだった。

「男には気晴らしも必要なんだ」これは、父の口癖だ。
「パートのこと、本気よ」いつものように父が遅く帰ったある日、リソは詰め寄った。
「俺の飯はどうするんだ?」リンは腕を組んで、夫をにらみつけた。

「どうせ、どこかで食べてくるくせに」何気なく耳にしたこの言葉は、コールの心に引っ掛かって離れなかった。
小さな小さな毒のあるとげが、気づかぬうちに身体のどこかへ刺さり、血管へ入り込んでやがて心臓に達するように。この時コールは、漠然とした父の秘密を感じ取った。
両親が決して息子の前で口にしない秘密を。リンは黙り込む夫の前で声を落とした。

「コ一ルはみんなが羨むほどの名門校のテストに。パスしたのよ。それを誇りに思わないの?あの子はちゃんと大学を出て、立派な大人になるの。そして、私やあなたとは全然違う人生を歩いていくのよ。明るく陽のあたる大通りを、堂々とね」コールは”暗く陽のあたらない裏通り”をうつむいて歩く両親の姿を思い描いて、悲しい気持ちになっていった。
”パパやママは、幸せじゃないのかな?”

しかしママが言うところの、明るい大通りへと向かっているはずの自分も、揚々たる日々を送っていないことだけは確かだった。
コールはどこへ行っても一人だ。学校でも公園でも、そして家の中でも。彼の世界観は、ごく狭い範囲で完結していた。自分自身に問いかけ、自分自身で答えを出す。その作業を何度も何度も繰り返すうち、孤独は少年の心に深くしぶとく巣くっていった。純白のパンに、青カビが繁殖していくかのように、ゆっくりと少しづつ、そして確実に……。

だが彼の孤独癖には、ある重大かつ明白な原因があった。”人には見えないものが見える”コールはそれに気づいてから、心の奥底に大理石のように固く冷たい秘密をしまいこんだ。秘密は、ただでさえ感じやすい少年の心を、より頑なにしていったのだった。
「パパもお前くらいの年頃に、犬を飼っていたよ」父は鏡を見ながら、ヒゲを剃ったばかりのアゴを撫でた。

「本当?」コールの目は輝いた。
「なんて名前だったの?」
「トニーだ。茶と黒の毛の犬だった」

たちまち、コールの頭のなかに茶と黒の大きな犬が登場した。ビロードのようにしなやかな黒い鼻と、人なつこい茶色の瞳。ふさふさとした尾を左右に振りながら、コールの方を真っすぐに見つめている。

「利口な犬だった。パパが行くところへ必ずついてきたんだ。野球をしているときだって、グラウンドの隅でじっと座って待っててね……」父は何か遠いものを見るように目を細めると、突然笑い始めた。「一度、トニーと散歩に出て、帰り道が分からなくなるほど遠くへ行ってしまったことがあったL「それで?どうなったの?」コールは身を乗り出した。
「トニーが連れて帰ってくれたさ。ヤツには、ちゃんと家の方角が分かったんだ。前をさっさと歩いていっては、泣きべそをかいてるパパを呼ぶように振り返る。まるで”こっちだよ”って言ってるみたいにね」

「すごいや!」コールは純粋な感動に胸うたれた。
道に迷った父を家へと導いたトニー。グラウンドの隅っこで父を待っていたトニー。
”僕にもそんな友達がいたら、どんなに素敵だろう”

「ねえパパ、僕も犬がほしい」父の顔は、曇っていく。
「ママに聞いてみないとな。たぶん、すごく反対されるぞ」コールの希望は、シャボン玉の泡のようにはじげて見えなくなりそうだった。
「犬は空気を食って生きてるわけじゃない。エサはたらふく食うし、でっかくて鼻が曲がるほど臭いウソチだってする。それに、毎日散歩に連れていかなきやならないんだぞ」

「大丈夫。僕、毎日散歩に連れていくよ、約束する。ウンチも拾う。だからお願い」コールは眼鏡の奥で戸惑う、鳶色の瞳を見つめた。
”神様!どうかパパが犬を飼っていいって言ってくれますように”
「犬は、いい友達になってくれる。ただし、お前が犬を大切にすればの話だ」父の言葉が、バスルームに重々しく反響した。

「分かってる」コールは、こくりとうなずく。
「ちゃんと面倒を見て、可愛がるか?」
「誓うよ、パパ」
「本当だな?コールは何度もうなずいた。

「本当だよ」父の眉間のシワが、徐々に消えていく。
「よし、じゃあパパがママに話しておくよ。お前が犬を飼えるように」
「ありがとう、パパ!」父の首にしがみつくと、シェービング・クリームのつんとしたミントの香りがした。

「パパ、大好き!」コールは幸せに舞い上がった。
自分がまるで無敵のキングコングになったような気分だ。
パパが一緒なら、自分は何にでもなれる。

どんな事でもできる。ところが突然、父はコールの腕を振りほどき、立ち上がると靴を履き始めた。
よそ行きのレンガ色の革靴である。
「パパ、どこへ行くの?」返事は返ってこない。
「ねえ、パパ!どこへ行くの?」



 

 

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