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掏摸

 
中村文則/著 出版社:河出書房新社 定価(税込):1,365円  
第一刷発行:2009年10月 ISBN:978-4-309-01941-3  
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天才スリ師に課せられた、あまりに不条理な仕事……失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、お前が親しくしている女と子供を殺す。「正義の味方はもういらない。誰か映画にして欲しい」と斎藤美奈子氏推薦の話題作!
 
掏摸 中村文則/著

本の要約

お前は、運命を信じるか?東京を仕事場にする天才スリ師。彼のターゲットはわかりやすい裕福者たち。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎―かつて一度だけ、仕事を共にしたことのある、闇社会に生きる男。木崎はある仕事を依頼してきた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。もし逃げれば…最近、お前が親しくしている子供を殺す」その瞬間、木崎は彼にとって、絶対的な運命の支配者となった。悪の快感に溺れた芥川賞作家が、圧倒的な緊迫感とディティールで描く、著者最高傑作にして驚愕の話題作。




中村文則


2009/10/15 

中村先生にご来店していただきました。

お忙しいところ、ありがとうございます。

これも、弊社BOOKSルーエは、

中村先生を応援します

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中村 文則 (ナカムラ フミノリ) 

1977年、愛知県生まれ。福島大学行政社会学部応用社会学科卒業。2002年、『銃』で新潮新人賞を受賞してデビュー。04年、『遮光』で野間文芸新人賞を受賞。05年、『土の中の子供』で芥川賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

中村文則 公式サイト



オススメな本 内容抜粋


まだ僕が小さかった頃、行為の途中、よく失敗をした。
混んでいる店内や、他人の家で、密かに手につかんだものをよく落とした。他人のもの
は、僕の手の中で、馴染むことのない異物としてあった。本来ふれるべきでない接点が僕
を拒否するように、異物は微かに震え、独立を主張し、気がつくと下へ落ちた。遠くには、
いつも塔があった。霧におおわれ、輪郭だけが浮かび上がる、古い白昼夢のような塔。だ
が、今の僕は、そのような失敗をすることはない。当然のことながら、塔も見えない。
目の先で、黒いコートを着、シルバーのスーツケースを右手につかんだ初老の男が、ホ
ームへ歩いている。彼はこの周囲の乗客の中で、最も裕福な男であると僕は思った。コー
トはブルネロ、スーツも同様だった。恐らくオーダーもののベルルッティの革靴は、少し
もすり減っていない。わかりやすい裕福者は、自分がそのような存在であることを、周囲
に主張していた。左手首に巻いた銀の腕時計はデイトジャストで、袖口からわずかに見え
る。普段一人で新幹線に乗る習慣がないため、切符を買うのに手間取っている。男は背を
曲げ、不快な虫のような太い指を、探るように、販売機の前で動かしていた。その時、財
布が彼のコートの、左の前ポケットにあるのを見た。
距離を保ち、エスカレーターに乗り、ゆっくり降りた。新幹線を待つ彼の後ろに、新聞
を手にして立つ。心臓の鼓動が、わずかにさわいだ。このホームの防犯カメラの位置は、
全て知っていた。自分は見送りの切符しかないため、新幹線に乗る前に終わらせることに
なる。背中で右側の人間達の視界を防ぎ、新聞を折りながら左手に持ちかえゆっくり下げ、
陰をつーり、右手の人差し指と中指を、彼のポケットに入れる。彼のコートの袖のボタン
に蛍光灯の光が微かに反射し、視界の隅にすべるように流れた。息をゆっくり吸い、その
まま呼吸を止めた。財布の端を挟み、抜き取る。指先から肩へ震えが伝い、暖かな温度が、
少しずつ身体に広がるのを感じる。周囲のあらゆる人間、その無数に交差する視線が、こ
の部分だけは空白に、向けられていないとわかるように思う。緊張する指と財布の接点に
耐えながら、折った新聞に財布を挟み、右手に持ちかえ、自分のコートの内ポケットに入
れる。息を少しずつ吐き、体温がさらに上がるのを意識しながら、目で周囲を確認した。
指には、まだ異物にふれた緊張が、他人の領域に入り込んだ痺れの跡が残っている。首筋
に、微かに汗が滲んだ。僕は携帯電話を取り出し、メールをする振りをして歩いた。
改札に戻り、丸ノ内線への灰色の階段を降りる。不意に片方の目が霞み、動いていく人
間がどれもぼやけ、輪郭が消えていくように思えた。ホームに着いた時、黒のスーツを着
た男が、視界の隅に入った。微かなふくらみから、ズボンの後ろの右ポケットに、財布が
あるのを確認した。彼の容姿と物腰から、ある程度人気のあるホストだと思う。男は認し
げに携帯電話を見ながら、忙しく細い指を動かしている。彼と共に電車に乗り、混んでく
る乗客の流れを読み、蒸すような空気の中、彼の後ろについた。人間の神経は大小の刺激
を同時に感じると、小さい刺激をおろそかにする。この区間は二度大きなカーブがあり、
電車は途中、激しく揺れる。後ろの会社員は夕刊紙を折りたたんで読み、右の中年の女二
人は、自分達以外の人間について喋り、歯茎を見せながら笑った。移動という周囲の目的
の中で、自分だけが異なっていた。手の甲を相手側に向け、二本の指で、ホストの財布を
挟んだ。乗客の立ち位置が、垂直の線のように自分を囲んでいる。ポケットの端の二本の
糸がもがくようにほつれ、蛇のように、鮮やかな螺旋をつくっている。揺れた瞬間、より
かかるようにホストの背を胸で押し、垂直に抜く。圧迫する力が上へと抜け、息を吐くと、
確かな温度が身体に流れていくのを感じた。気配で周囲を確認したが、違和感はない。


(本文P. 3〜5より引用)


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