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殺してもいい命  刑事雪平夏見

 
秦建日子/著 出版社:河出書房新社 定価(税込):1,680円  
第一刷発行:2009年10月 ISBN:978-4-309-01943-7  
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あの刑事・雪平夏見が帰ってきた!河原で発見された死体。殺し屋「フクロウ」の残した物は……「アンフェア」として映像化された大ヒットシリーズ。雪平の最も哀切な事件が幕を開ける。
 
殺してもいい命 刑事雪平夏見 秦建日子/著

本の要約

「殺人ビジネス、始めます」「新規開業につき、最初の三人までは特別価格30万円」―胸にアイスピックを突き立てられた男の口には、赤いリボンで結ばれたチラシが突っ込まれていた。殺された男の名は…。あの刑事・雪平夏見が帰ってきた!待望のシリーズ最新刊。

中村文則


2009/10/30

秦先生にご来店していただきました。

お忙しいところ、ありがとうございます。

また、お時間あれば是非お立ち寄りください!

これも、弊社BOOKSルーエは、

秦先生を応援します

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秦 建日子 (ハタ タケヒコ)  

小説家・脚本家・演出家。1968年生まれ。90年早稲田大学卒業。97年より専業の作家活動(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

秦建日子のブログ



オススメな本 内容抜粋

プロローグ


その日、初めて父親が、少年を幼稚園まで迎えにきた。大切にしている深紅の外車で。
それはアストンマーティンという海外の高級車メーカーの車で、しかも父の乗っているのは、
その中でも珍しいタイプだという。日本ではこれと同じ車は一台も走っていないのだと、かつて
父親は少年に誇らしげに教えてくれた。その車が、幼稚園の正門の前に堂々と停められた。スー
ツ姿の父親が中から降り立ぢ、少年を手招きした。園児たちがもの珍し気に駆け寄る中、その深
紅の車に乗り込めることは、幼い少年にはとても誇らしく、自慢に思えた。
時間は、まだ正午を数分過ぎたばかりだった。いつも帰る時間よりだいぶ早い。けれど、
「これから家族旅行に行くんだ」
という父親の言葉で、少年は他のことは気にならなくなった。
黒い革張りの後部座席に少年は急いで乗り込んだ(助手席は子供にはまだ危ないと言われて、
ふだんから乗ることを禁止されていた)。三つ年上の姉が、先に乗っていた。いつも母が乗る助
手席は室いていた。
「お父さんが、学校ぱ早引けしろって」
と、訊いてもいないのに姉ぱ説明した。困ったような表情だった。
「お母さんは?」
と訊くと、
「先に行っている」
と、父親が運転席から振り向かずに答えた。そして、心なしかいつもより乱暴に車を発進させ
た。ふだんぱエンジン音のほとんど聞こえない父親の車が、珍しく低音の唸りをあげ、それが少
年にはとても男らしく思えた。

晴れていた。突き抜けるように空の高い、秋の快晴だった。
父親は、最寄りのインターから首都高速に乗った。少年は行きかう車を熱心に見続けた。一台、
ポルシェとすれ違った。少年は歓声をあげた。
「ポルシェだ。屋根の部分が布だし、あれぱたぶん911カブリオレだ。ね?パパ」
父親は答えなかった。
「あ、でも、このアストンマーティンの方が、911より高いんでしょ」
父親の機嫌が取りたくて、答えは知っていたけれど、わざと彼は訊いてみた。それにも、父親
は答えなかった。いつもなら「ああ、そうだ。このアストンマーティンを買った時、昔の同僚た
ちは、みんながみんな、腰を抜かしたよ」と必ず答えてくれるのに。
父親ば、お金の話が好きだった。何がいくらで、どんな価値があって、それが将来値上がりす
るとかしないとかいう話が好きだった。そして、日本人はお金の話をするのを照れたり恥ずかし
がったりするからだめなのだ、とよく言っていた。このアストンマーティンは、確かに買うのに
たくさんのお金がかかったけれど、それ以上の価値をお父さんにもたらしているのだとも言って
いた。「信用」。確か、父親は、そう言っていた。このアストンマーティンに乗っていることで、
たくさんの人が父親のことを信用してくれるという。
二時間くらい走っただろうか。いくつかの有料道路を乗り継ぎ、父親は、見晴らしのいい海岸
沿いの道に出た。
少年はふたたび歓声をあげた。まさか、今日、海が見られるとは。
「お父さん、少しスピード出し過ぎじゃない?」
と姉が父親に言った。姉は少し怖がっているようだった。父親は無言のままだった。スピード
を落とす素振りは無かった。更にアクセルを踏んだように思えた。それが少年にぱ嬉しかった。
彼はスピードが大好きだったし、それに姉が怖がっているのに自分は少しも怖くないことが嬉し
かった。三つ年上の姉に、それまで少年はひとつも勝てるものを持つていなかった。でも、今日
ひとつ、それができた。痛快だった。
車ば坂を登り、海への見晴らしが更によくなった。コーナーを曲がるとき、波が崖にあたって
波しぶきをあげているのが見えた。
父親がまたスピードを上げた。
「お父さん?」
もう一度、姉が声をあげた。
父親は答えなかった。
「お父さん?」
更に父親はスピードを上げた。かつて、少年が経験したことのない体感速度だ。少年は.後部
座席から身を乗り出してスピード・メーターを覗いた。時速一○○キロ近くをメー夕ーの針は指
していた。すぐに一〇〇キロを超えた。一一○キロになった。
「おまえたちにぱ、済まないと思っている」
突然、父親は大声で言った。
「でも、お父さんは精一杯、頑張ったんだ!!」
何を言われているのか、少年にはわからなかった。車は更にスピードを上げた。

次の瞬間、衝撃音とともに、車が激しく上下した。窓から見える景色が反転し、眼下に大空が
広がった。少年は、最初の衝撃で運転席のヘッドレストに自分の胸を強打し、次に天井に後頭部
をしたたかに打ちつけた。何も考えられなくなった。消えゆく意識の端で、姉が自分の名前を叫
ぶのが聞こえた気がした。



「ヒロキー」


(本文P. 7〜11より引用)


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