1
部屋はわずかに三畳あまりの広さしかない。
2
住人は一名。その性別は男で、年齢は二十六歳以上、
三十歳未満。いったい自分が何歳か、男は忘れた。
3
そこにあるものとないもの。寝具がある。自ら費用
を負担した、すなわち自弁の、それがある。男が身に
着けているのと壁に掛けられた衣類があり、これもま
た自弁である。洗面台がある。便所がある。テレビは
ない。
鉄扉がある。
室内での運動の自由はない。
4
運動がいっさい許可されていないわけではない。毎
日一時間、男は屋外での運動を認められている。つま
り、部屋を出てからの。それに入浴も許可されている。
四日に一度。
ただし、それらは部屋の内側にはない。
5
そこにあるものとないもの。強制労働はない。食事
は一日三回、ある。天井に蛍光灯があり、天井の隅に
スピーカーがある。歯ブラシがある。石鹸がある。タ
オルがある。
封筒がある。手紙が入っている。祖母からの手紙
だ。
つまり男には祖母がいて、つまり男は孫だ。
この部屋の住人は、男で、そして孫だ。
6
ばば様、と孫は言う。
7
孫は未決囚である。だから拘置所にいる。正確には
ここは拘置支所である。東京拘置所でも名古屋拘置所
でも京都拘置所でも大阪拘置所でも神戸拘置所でも広
島拘置所でも福岡拘置所でもない、それら七大拘置所
に属していない、しかし法務省矯正局の管理下にある
施設。孫はそこに拘禁されている。その拘置支所の敷
地は、刑務所の敷地に隣接している。
未決囚だが、孫にいずれ移送先の刑務所が決定する
機会は、来ない。
なぜなら、判決はとうに下されている。だが、その
刑は執行された瞬間にしか成立しない。すなわち懲役
を要しない。地裁、死刑判決。高裁、死刑判決。最高
裁、死刑判決。
孫は確定死刑囚である。だからそこにいる。拘置支
所の独居房に。未決囚として。
8
部屋はわずかに三畳あまりの広さしかない。部屋に
は時間がたまっている。しかし、時間には重さがない。
そこにあるものとないもの。
9
今日が終わり、今日は刑が執行されない。昨日はす
でに終わっていて、昨日は刑が執行されなかった。一
昨日もすでに終わっていて、一昨日も刑が執行されな
かった。いったい何日が過ぎたのか、孫は忘れた。い
ったい何週が。いったい何カ月が。いったい何年が。
時間がかつて流れていたことを、重さを有していた
ことを、孫は忘れた。
かわりにいろいろな声を聞いた。ここは袋小路な
のか?(そう)何の袋小路なんだ?(時間)時間のデ
ッド・エンドなのか?(そう)ばば様にはわかるか
な?(何が?)デッド・エンドってわかるかな?(無
|