風花
東京駅で、のゆりは迷った。
新幹線の改札口で、という約束だった。一時十六分のやまびこだから、一時くらいに来て。
そう言われたので、東北新幹線の改札をめざして行ったのだが、どこが東北でどこが東海道で
どこが長野なのか、こっちゃになった。
のゆりはめったに新幹線に乗らない。結婚してからのこの七年、ほとんど家を離れたことが
ない。システムエンジニアである夫の卓哉の仕事が不規則で、なかなかまとまった休みをとる
ことができないせいもある。
待ち合わせの相手は、マコちゃんだった。真人はのゆりの母圭子の末弟だから、のゆりにと
っては叔父に当たるが、姉である母圭子と末弟の真人とは十三、歳が離れているので、のゆり
にとってははんぶん兄のようなものである。マコちゃん、ゆりちゃんと、小さいころから呼び
あってきた。
真人は埼玉で釣り具の店を開いている。繁盛しているらしく、支店も一軒ある。二人いる娘
は中学生と高校生で、育児が一段落してからは、支店は妻である孝子がとりしきっている。真
人のいる本店よりも、近ごろは支店の方が盛っているというから、孝子の方が商才があるのか
もしれない。
のゆりは立ち止まり、時計をみた。待ち合わせまでは、まだ十分ある。目をあげると、すぐ
前にコーヒーショップがあった。紺の背広の男が二人と、暖かそうな赤いセーターを着た男が
一人、背中を見せてコーヒーを飲んでいる。どうして背広は紺や灰色が多いのかな。以前のゆ
りは卓哉に聞いたことがある。卓哉はしばらく首をかしげていたが、やがて、
「いちばんたくさん売ってるからかなあ」と答えた。
原因究明になってないな、と卓哉は笑い、のゆりも一緒に笑った。まだのゆりが里美のこと
を知らなかった、あのころの話だ。
「マコちゃん」のゆりは声をあげた。
赤いセーターが振り向いた。ゆりちゃん、とセーターも声をあげた。
真人とのゆりが会うのは、二年ぶりである。真人の父、のゆりにとっては祖父である野瀬
庄一の、葬式以来だ。
「マコちゃん、変わってないね」
「だって、こないだ会ったばかりじゃないか」真人は言った。
こないだって、もう二年も前だよ。のゆりがつぶやくと、真人は眉をあげ、二年なんてあっ
という問のことだって、と言った。、,
ゆりちゃんもコーヒー飲む?と真人は聞いた。のゆりは首を横に振った。真人はカウンタ
ーの下に乱暴におしこめてあった茶のスエードのジャケットを着なおしてから、のゆりの横に
並んだ。
「いい匂いがする」のゆりが言うと、真人は首をかしげた。コロンとか、つけてないよ。整髪
料も。
「革の匂い」
ふうん、と真人は言った。それから、スエードのポケットをさぐって切符を出し、のゆりに
差しだした。改札口はすぐ目の前にあった。乗車券と特急券のどちらを自動改札の口に入れれ
ばいいのか、のゆりは迷った。うしろに立っている見知らぬ男が舌打ちした。少し遅れて横の
改札を通過した真人が二枚を重ねて入れているのが見えたので、のゆりもあわてて二枚を口に
さしこんだ。
「どうしたの」真人は、改札を通ってしばらくしてから立ちすくんでしまったのゆりに聞いた。
「ごめん」のゆりは言った。
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