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 建てて、いい?
著者
中島たい子/著
出版社
講談社
定価
税込価格 1,365円
第一刷発行
2007/04
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ISBN 978-4-06-213938-0

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30代半ばの「負け犬女」長田真理は、ある日、重大な決意をする。それは家を建てること…。『漢方小説』の中島たい子最高傑作。
 
建てて、いい? 中島たい子/著

本の要約

30代半ばの独身女性はある日、重大な決意をする。それは、家を建てること―。仕事よりも、恋よりも、結婚よりも、家…それは正しい女の生き方ですか。別れて1ヵ月以上たった彼から突然届いた「宅急便」。はたして中身は…?傑作短編「彼の宅急便」同時収録。



オススメな本 内容抜粋

洗い上がった布団カバーを手に、物干し竿を見上げていた。なぜ、女は二階と決ま
っているのだろう。下の102号室なら、家賃も五千円安い上に、庭に好きなだけ洗
濯物が干せる。シーツやカバーが手すりと擦れて、洗う前よりも汚れてしまうことも
ないし、ピンチハンガーにつるしたストッキングが目を離したすきに隣のベランダに
ひっからまっていたりすることもない。おまけに、と屋根に残っている雪からリズミ
カルに雫が垂れてくるのを見つめた。どうしたら軒先、物干し、手すりを、ほぼ直線
上に配置するなんて、考えなしのことができるのか。私は冷たい洗濯物を抱えて、精
神衛生上いっそ無い方が良い、世界最薄サイズのベランダから部屋に戻った。こうや
って悩んでは、いつも部屋干しになる。布団カバーを三つ折りにしてピンチハンガー
にとめ、鴨居にかけながら、次の更新までには引越そうと思う。でも、家賃の高い都
内に行く気はしないし、ここより神奈川の奥に入るのも通勤が大変だ。物干しのため
だけに、近所の似たような物件に移るのも意味がないように思うし。そう思い続けて
もう五年。最近はここで一生が終わるんじゃないかという気もしてきた。平塚の七夕
みたいになっている洗濯物をくぐって、くずかごを取り、半透明のゴミ袋にあける。
机の上の広告チラシ、ポッキーの空箱、使ったかどうかわからないコットン、最後に
キッチンの生ゴミを入れて、ゴミ袋の口を結んだ。サンダルをつっかけて、寝癖がつ
いたままの頭を気にしながら、玄関を出る。とにかく四十になるまでには絶対にここ
を出よう。踏み面のせまいコンクリートの階段を降りるたびに、そう心に決める。そ
の期限だってのんびりしてたらすぐに来ちゃいそうだ。サンダルのかかとを一段ごと
に響かせながら考えていたら、ふわりと身体が浮いた。同時に背筋がヒヤッとして、
背中と腰に強い衝撃があり、青い空が見えた。何かを掴もうとして掴めなかった左手
が、体とコンクリの間で押しつぶされている。雪解けの水がジャージに染みていくの
がわかった。転んだ。下の段が凍っていたのだろうか。ゴミ袋を傍らに、サンタクロ
ースが階段の下で休んでいるような格好で、ショックと激痛に動けないでいた。もれ
る息が震えている。
ここで死ぬのだけはイヤだ。次の更新までには絶対、出よう。いや、それより前に
出よう。今すぐ出よう。
私は痛くない手で階段の手すりをつかみ、体をゆっくりと引き上げた。なぜ、女は
二階に住むか。そんなことはわかってる。覗かれるし、窓から侵入されたらおしまい
だ。防犯のために独身女は一階の部屋は借りない。中腰で手すりによりかかったま
ま、ああ、誰か手をかして……と心で眩いた。その一方で、この姿を誰にも見られな
いように祈っている。頭上を飛行機が過ぎて行き、しばらくすると呼吸も整って、落
ち着いてきた。恐る恐る重心を足に移してみると、思ったほど痛めたところはないよ
うだった。どちらかというと精神的に痛かった。わかってる。すべてを解決する方法
があることも、わかってる。
「四十までには、結婚しよ」
私はゴミ袋を取り上げて、危なっかしい足どりで収集場へと向かった。速やかに男
をさがそう。部屋よりも、男を見つけなきゃ。

(本文P. 7〜9より引用)

 

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