第1章 となり町との戦争がはじまる
となり町との戦争がはじまる。
僕がそれを知ったのは、毎月一日と十五日に発行され、一日遅れでアパートの郵便受けに入れ られている〔広報まいさか〕でだった。
町民税の納期や下水道フェアのお知らせに挟まれるように、それは小さく載っていた。
【となり町との戦争のお知らせ】
開戦日九月一日
終戦日三月三十一日(予定)
開催地町内各所
内容 拠点防衛 夜間攻撃
敵地偵察 白兵戦
お問合せ 総務課となり町戦争係 |
とりあえず最初に僕が心配したのは、通勤というきわめて私的なことだった。
もともとこの町に縁もゆかりもあるわけではない。
職場から車で四十分以内の通勤距離で駐車場付き、という条件で探し当てたアパートがたまたまこの町にあったという、それだけの縁。
住み始めてもう二年になるが、この町のことはほとんど知らないし、知り合いと呼べるような人もいない。
「戦争となると、やっぱりとなり町との道路は封鎖されるんだろうな」 となり町は、この舞坂町と職場のある地方都市の中間にあり、通勤路になるので気になった
が、戦争がどんな形で行われるのか、どんな形で僕の日常の中に入り込んでくるのかは皆目わか らなかった。
開け放したままの部屋の窓からは、虫の音が遠く近く響き、いつもと同じ配列の 家々の灯りが見えた。
野球中継のテレビ音がきれぎれに漂い、時折遠く犬の鳴き声が聞こえる、 何も変わらない夏の夜だった。
そこには、そう、喩えるならば台風の前夜に感じるようなさし迫 った緊迫感など、微塵も感じることはできなかった。
僕は迫り来る戦争に対して、何ら心の準備も、現実的な面での準備もできないままに、開戦の、 九月一日を迎えた。
◇
九月一日、僕は通常より三十分早くアパートを出た。
戦争がどんな展開をみせるのか見当がつ かなかったが、となり町とを結ぶ道路がもし通れなかったとしたら、大きく迂回して山を越えた
ルートで職場に行かなければならないからだ。
残暑、というよりまだまだ暑い夏を予感させる朝 日を正面に受けながら、僕は国道へと車を走らせた。
国道は、確かに昨日までより多少混雑していた。
ただしそれは、夏休みが明けた九月一日には 例年のことだったので、特に戦争が始まったことによる混雑であるとは感じられなかった。
通り 過ぎて行く車にも、戦争の雰囲気を身につけた表情は垣間見られなかった。
僕は戦争の情報が何 か聞けるかと思い、ラジオをつけた。
いつものように、朝の時間帯にしては多少軽めのDJが、 少し古い音楽を紹介し、合間に天気予報や交通情報や今日の運勢が報じられた。
おかげで、今日 が洗濯日和であることや、高速道路で横転事故があったことや、今日の僕の運勢が「雷に打たれ たような衝撃的な出会いをする」ってことは知ることができたが、肝心の戦争の情報については、
何も得ることができなかった。
ラジオは、時報に続いて五分間の地元ニュースの時間になった。
若い女性アナウンサーが、い くつかのニュースに続いて、昨夜起こった、この地方都市ではめったにない通り魔殺人事件の情 報を、抑揚のない声で告げた。
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