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 リリィ、はちみつ色の夏
著者
スー・モンク・キッド/著 小川高義/訳
出版社
世界文化社
定価
税込価格 1680円
第一刷発行
2005/07
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ISBN 4-418-05514-2
 
全米350万部大ベストセラー!1964年サウスカロライナ。父親のもとを飛び出し、養蜂家の黒人姉妹が住む家にたどり着いたリリィ、14歳の夏・・・。「私が愛されたことの、しるしが欲しい」
 

本の要約

酷薄な父親と死んだ母親のかすかな記憶…愛を得られない悲しみから家を飛び出した14歳・リリィ、心の旅を描く。美しいサウスカロライナの夏の中、養蜂家の黒人姉妹のもとで、しだいに自分を取り戻していくリリィ。そして後半、母親のあらたな真実が立ち現れたとき、慟哭の果てにたどり着いたリリィの思いとは…?

【担当編集者からオススメの一言】
 2年前、原書を手にページをめくった瞬間、私は1964年サウスカロライナの美しい夏に連れて行かれました。木々から溢れる日の光、はちみつの甘い匂い、窓から流れるバイオリンの音色、風の心地よさ…。その瑞々しい世界の中、悲しみから出発したリリィの心になぞり、確かに10代の頃に感じていた痛み、焦燥感、憧憬をたどったのです。そして、深い悲しみから本当の愛を知るのだと読後、私は今までに感じたことのない暖かい気持ちが胸に広がっていきました。このじんわりとしみこむような愛の物語を、ぜひ日本でも読んで欲しいと思い、この一冊を編集したのです。
読者の皆様には、小川高義さんの名訳で原書以上に美しく、悲しく、暖かさにあふれるサウスカロライナの夏の中、本物の愛を見つけることをお約束します。(編集担当U)



オススメな本 内容抜粋

夜、ベッドに寝ているとショーが始まった。寝室の壁の隙間から、もぞもぞと何匹も蜂が出て、
部屋をぐるぐる飛びまわり、あのプロペラみたいな音をたてる。高く張ったぶうーんという音が、
私の肌を伝わって響くのだ。暗闇で蜂の羽がクロームの金属片のように光る。なんだか切なさが
胸の中にふくらんだ。あれは花をさがす蜂ではなく、ただ風を切って飛びたいから飛んでいる。
そう思うと私の心臓が張り裂けそうになった。
昼問でも蜂が寝室の壁を通り抜けている音が聞こえた。ちょうど隣の部屋のラジオがざーつと
雑音を流すような音。あんな調子なら、そのうちに壁が蜂の巣だらけになるかもしれないと思っ
た。蜂蜜が出てきたら、ちょっと味見させてもらおうか。
蜂がやって来たのは一九六四年の夏。私が十四歳になり、まったく新しい生活の軌道に飛び出
していった夏だ。これがまた新しいもいいところで、いまから考えると、あれは私のために遣わ
された蜂だった。天使ガブリエルが処女マリアの前に現れたのと同じように、蜂は、思いもよら
ない方向に、私に力をかけたのではなかろうか。もちろん私なんかをマリァ様とくらべたら身の
程知らずになるけれど、そう叱られることはないだろう。どうしてかというのは、あとの話。い
まはとりあえず、いろいろあった夏だとしても、あれからずっと蜂が好き、とだけ言っておこう。
一九六四年七月一日、ベッドに寝ながら、蜂が出てくるのを待っていた。ロザリンが言ったこ
とを思い出す。夜になると蜂が来るのよと教えたら、「蜂が群れるのは、人が死ぬ前触れだよ」
なんて答えを返された。
母が死んでからは、ロザリンが家の中の面倒を見てくれた。父さんがーと呼べるような人で
はなかったので、いつも「T・レイ」という略称を使ったがー桃の農園から引き抜いた。もと
もとロザリンは農園で桃の実を摘んでいた。大きな丸顔で、首から下はテントを張ったような体
型だ。ほんとうに真っ黒けだから、その肌から夜の闇がにじみ出るという感じ。ちょっと奥まっ
た林の中の小さな家に一人で住んでいて、毎日通ってきては料理をして掃除をして、まるで母親
代わりになっている。自分では子供を産んだことがないので、この十年ほどは私をかわいいモル
モットにしたらしい。
蜂が群れるのは、人が死ぬ前触れー。ロザリンはおかしなことを考えてばかりだから、いち
いち気にしてなんかいられないけど、これだけは寝ていても頭から離れなかった。蜂は私が死ぬ
と知ってやって来るのだろうか。でも正直に言えば、それほど悩んだわけでもない。たしかに蜂
の群れは、天使の軍勢のように降りてきて、私が死ぬまで刺しつづけることになったかもしれな
いが、だからといって、それが最悪の事態だというのではない。死ぬことが最悪だと思っている
人は、生きることについて何もわかっていない。
母さんは私が四歳のときに死んだ。そうなのだから仕方ない。でも私がその話をすると、聞い
ている人は、爪をいじったり、遠くの空をながめたり、聞いていないことにするらしい。たまに
は心優しき人もいて、「忘れたほうがいいよ、リリィ。事故なんだから。あんたに悪気があった
わけじゃない」と言われる。
この晩、私はベッドの中で、死んだら天国で母さんに会えるかもしれないと考えた。そうなっ
たら私は「母さん、ごめん、許して」と言い、母さんは私の肌がすりむけるくらいにキスをして、あんたのせいじゃないよ、と言ってくれる。一万年も言いつづけてくれる。
さらに一万年は髪の手入れをしてくれる。ブラシがかかって、きれいな塔ができたみたいに整
うから、天国の人たちがあっちでもこっちでも竪琴を取り落として、私の髪をほれぼれと見る。
女の子は髪の毛を見れば、ちゃんと母親がいるかどうかわかるのだ。私の場合は、髪の毛がてん
でな方向にばらけていて、もちろんT・レイがヘアカーラーを買ってくれるわけがないから、い
つだってウェルチのグレープジュースの缶で代用し、おかげで不眠症になりかかっていた。一応
は見られる髪の毛と、ぐっすり眠れる夜と、二つに一つ。
それから四百年か五百年かけて、T・レイと暮らすのはどれだけ悲惨だったかと母さんに話し
て聞かせよう。なにしろ性格の悪いT・レイだが、とくに朝から晩まで桃畑に出ている夏はとん
でもなくひどい。だから、なるべく顔を合わせないようにした。T・レイがやさしさを見せるの
は犬にだけだ。スナウトという名前の猟犬で、同じベッドに寝かせてもらい、剛毛の背中を下に
して寝転べば腹を掻いてもらえた。T・レイのブーツにおしつこを引っかけ、それでも怒られて
いなかった。
T・レイをどうにかしてください、と何度も神様にお願いした。四十年も教会へ通って、ます
ます悪くなっていくのだから、神様も少しは考えてもらいたい。
シーツを蹴って、はねのけた。部屋はひっそり静かになっていて、一匹の蜂も来ていない。
鏡台の時計にちらちら目を走らせ、どうして来ないのだろうと思った。
真夜中に近く、さすがに瞼が重くなってきた頃に、やっと部屋の隅のほうでブーンという音が
した。低い音がふるえている。知らない人は猫かと思うかもしれない。すると間もなく、ペンキ
を飛び散らせたような影が壁を動いて、窓を横切るときには光を受けたから、私の目にも羽の
輪郭がわかった。暗闇に音がふくらみ、部屋全体がうなるまでになった。空気そのものがざわめ
いて蜂まみれになっている。私のまわりを蜂が取り巻き、まるで雲の渦巻きの中心にいるみたい
だ。心の中で考えることが自分の耳にさえ届かない。
握った手の爪先が食い込んで、手のひらにぎざぎざの連続模様がついた。部屋の中にいて蜂だ
らけになって半殺しに刺される。そんなことだってないとは限らない。
それにしても、すごい光景なのは確かだ。こうなると人に見せたくてたまらない。人といった
ってT・レイしかいないけれど、見せたいものは見せたい。それで何百匹かの蜂に刺されること
になったら、そのときは、まあ、ごめんなさい。
ベッドを抜け出し、ドアをめざして蜂の群れを突っ切った。T・レイを起こそうとして、その
腕に指先をあて、最初はつんつんと押したのを、だんだん強くして、ほとんど突き刺したくらい
だが、なんてまあ硬い皮膚であることか。
飛び起きたT・レイは、下着しかつけていなかった。私が引きずっていこうとすると、何なん
だ、こんなことしやがって、火事にでもなったか、と大きな声を出す。スナウトは鳩撃ちに連れ
ていってもらえるみたいに吠えている。
「蜂なのよ!」と私は叫んだ。「蜂の大群が部屋にいるの!」
でも部屋へ行ったら、蜂は壁を抜けて消えていた。まるでT・レイが来るとわかったかのよう
だ。あんなやつに曲芸飛行を見せるのはもったいないと思ったのか。
「ばかやろう、冗談じゃねえぞ」


(本文P. 6〜9より引用)



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