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 天使の梯子
著者
村山由佳/著
出版社
集英社
定価
税込価格 1470円
第一刷発行
2004/10
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ISBN 4-08-781319-3
 
『天使の卵』、待望の続編! 愛を失った歩太と夏姫は、再び愛を取り戻すことができるのか。そして中学の担任教師だった夏姫にどうしようもなく惹かれていく慎一。傷ついた3人が織りなす切ない愛のドラマ!
 

本の要約
28歳になった夏姫は、8歳年下の慎一と恋に落ちる。かつて、自分から歩太を奪った、姉・春妃が抱えた思いを感じながら……。デビュー作「天使の卵」の世界が、さらに光を増してよみがえる! 直木賞受賞第一作。



オススメな本 内容抜粋

俺を育ててくれたばあちゃんは、せっかちな人だった。
公園の桜はまだなのにー今年もまた、嫌がる俺に弁当を持たせて一緒に花見にいくのをあれほど楽しみにしていたくせに、あとほんの半月が待てなかった。とうとう最後まで、せっかちな人だった。
葬式の日の夜、テレビをつけると、アナウンサーがえらく嬉しそうに声を張りあげて、どこだか西のほうで最初の桜がほころびはじめたと言っていた。
つけたばかりのテレビを消した俺が、
「……遅えよ」
そうつぶやくと、隣に座っていた夏姫さんが困ったような顔で手をのばし、そっと頭を撫でてくれた。
いつものような大人っぽい仕草じゃなく、まるで幼い女の子が弟を慰めているみたいにぎこちない、けれどありったけの優しさのこもった手つきだったので、俺は不覚にも涙ぐみそうになり、慌ててリモコンを取って電気スタンドも消した。
灯りがぜんぶ消えてしまっても、大きなテラス窓からさしこむ月の光でリビングはずいぶん明るかった。
そこは、夏姫さんの部屋だった。
彼女と俺は並んでソファにもたれ、目の前のガラステーブルに足を乗せていた。
昼間は喪服の背中が汗ばむほどの陽気だったのに、夜が更けるほどに肌寒くなってきて、俺はトレーナーを着こみ、彼女のほうはTシャツの上から丈長のカーディガンを着ていた。
白地に薔薇とハチドリの模様が編み込まれた印象的なカーディガンだった。
「知ってる?」と、夏姫さんが言った。
「うん?」
「あの世ってね。西の果てにあるんですって」
「へえ」
少したって、だから?と俺が訊き返すと、
「だから……遅くはなかったわよ、きっと」
「え?」
「おばあちゃま、行きのついでに、西のほうで咲いたばかりの桜を見てからいらしたわよ」
俺は、なんとか笑ってみせた。
「そっか。そうかもな、あのバアサン、そのへんちゃっかりしてそうだし。だいたい、あの世へ行ったらわざわざ弁当持って出かけなくたって、まわりじゅうお花畑だっていうもんな」
再びそっとのびてきた手が、こんどは俺の頭を柔らかく抱きよせるようにして自分の肩にもたれさせた。
俺はおとなしくされるがままになっていた。
女の人の肩によりかかるなんて少し照れくさかったけれど、そうしてみると、それが今いちばん彼女にしてほしいことだったような気がした。

 

(本文P.4、5 より引用)

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