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 9歳の人生 Modern & classic
著者
ウィギチョル/著 清水由希子/訳
出版社
河出書房新社
定価
税込価格 1470円
第一刷発行
2004/09
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ISBN 4-309-20404-X
 
70年代韓国の貧民街に暮らす少年の目を通して人生の意味を考えさせてくれる作品。韓国で130万部のベストセラー。映画公開。
 
9歳の人生 Modern & classic

本の要約
人生は決して独りぼっちで歩まなければならない淋しい道ではないことを、ぼくは9歳にして学んだ――70年代韓国の貧民街に暮らす少年の目を通して人生の意味を考えさせてくれる作品。韓国で130万部のベストセラー。映画公開。

ウィ・ギチョル (ギチョル,ウィ)
1961年、ソウル生まれ。1983年「おばけのこん棒はどこにある?」が啓蒙社児童文学賞を受賞。著書に、『労働者のお話ポケット』『青年労年労働者チョン・テイル』などの児童書がある。

清水 由希子 (シミズ ユキコ)
1973年生まれ。東京都在住。横浜市立大学文理学部卒業。訳書に『野草手紙』(NHK出版)、『わかりやすい朝鮮社会の歴史』(明石書店)などがある。



オススメな本 内容抜粋

世の中を感じる年頃

ぼくは、生まれようかやめとこうか、思い悩んだすえに生まれたわけではなかった。どんな両親、どんな環境のもとに生まれるかという問題もまた、同様だった。
ものごころついた頃、ぼくはこれらすべてのことがすでに決まっていたことを、そしてけっしてやり直すことはできないことを悟った。
五歳になる前のことは、ほとんど思い出せない。
この世に生まれ落ちてからの五年間というのは、まるで深い霧に閉じ込められているような感覚だ。思い出すこともできない過去は、ぼくらを不安にさせるもので、父さんはこれを利用して時々ぼくをからかうのだった。おまえ、三歳の頃のこと、覚えてるか?ほら、影島橋の下で泣きじゃくってたおまえを、父さんが拾ってきたじゃないか。
このひと言に、幼いぼくがどれほど衝撃を受けたことか!
もちろん、ぼくは拾われっ子ではなかった。母さんと父さんは釜山で暮らしていたという。
父さんは、知る人ぞ知る埠頭のチンピラで、母さんは貧しい戦争寡婦の娘だった。
ふたりは恋に落ち、母さんは結婚前にぼくを身籠った。もちろん、計画的な妊娠ではなかった。
人類の相当数はしくじりから生まれたもので、ぼくもまた、その中のひとりだったのだ。
だが、しくじってもすべてが悪い結果に結びつくわけではない。
ぼくが母さんの腹に入り込んだことで、ふたつの新たな変化が起こった。
ひとつは、ふたりの交際をむきになって反対していた母方の祖母がついに志を曲げ、結婚を許したこと。
もうひとつは、父さんがチンピラ生活からきっぱり足を洗い、母さんと所帯を持ったことだ。
こんな具合に、生きる準備をすっかり済ませておいてから、ぼくは、この世に誕生した。
ぼくは、この世が良いのか悪いのか、いっぺんには見きわめられなかった。
この世といっても、せいぜいぼくの目が届く半径十メートルあまりの範囲にすぎなかったのだから、当然といえば当然だ。
股のあたりがじめじめしたりお腹が空くと世の中が嫌になり、股のあたりがぽかぽかしてお腹が満たされると世の中は楽しくなった。
母さんが視界から消えれば、世界が崩壊したかのような恐怖にとりつかれてギャーギャーと泣きわめくのだった。
大きくなるにつれ、ぼくはこの世が途方もなく広いことを知った。
五歳になった頃、ぼくら家族は釜山をあとにしてソウルに引っ越した。
まる一日かけて走り続けた鈍行列車は、この世が果てしもなく広いことをぼくに教えてくれた。
はっきりと思い出せる、いちばん古い記憶は、母さんの胸にぎゅつと抱かれたまま眺めた、窓の外の真っ暗な夜の風景だった。
ぼくは、寝入ってしまわないように必死で頑張っていた。
寝ている間に母さんがぼくを捨ててどこかへ行ってしまうのが怖かったのだ。
この世がどれほど広かろうと、ぼくにとって意味のある世界は、母さんの懐がすべてだったのだから。
ソウルに移ってみても、ぼくを取り囲む世界はちっとも安定しなかった。
だいたい半年に一度は引っ越していたので、そのたびに慣れない環境に放り出されたのだ。
小学校に上がった頃(戸籍係のミスで他の子より一年早く入学した)、ぼくら家族は父さんの友だちの家に転がり込んで暮らすことになった。
この頃からの記憶なら、細かいところまで思い出せる。父さんの友だちである、家主のおじさんの黄ばんだ歯、おばさんの突き出た頬骨、年がら年じゅう泣きわめいている泣き虫娘、ひどくまぬけな隣家のおデコ少年、そのほかにも、忘れがたい出来事の数々……。
ぼくらは、その家で二年間過ごした。その間ずっと、浮き草のような落ち着かない感じにつきまとわれていた。
イソウロウという大人たちの表現のせいで、なおさらそんなふうに感じたのかもしれない。母さんは、ぼくの顔を見るたびに、足音を立てちゃだめよと口うるさく注意した。
母さんの小言が増えたのは、まさにぼくらがイソウロウしているせいだということは、嫌というほどわかっていた。
いっぽう、この町に来てからようやくたくさんの友だちができ、その子たちの世界を理解できるようになった。これまでは、ばたばたと引っ越しばかりしていたせいで、友だちをつくる余裕さえなかったのだ。

 

 

(本文P. より引用)


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