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 パンドラ・アイランド 
著者
大沢在昌/著
出版社
徳間書店
定価
税込価格 1995円
第一刷発行
2004/06
パンドラ・アイランド 大沢在昌/著 e-honからご注文 画像
ISBN 4-19-861868-2
 
逃げ場はない! 巨大な密室で沸騰する殺意 元刑事、たった一人の追跡行
 
パンドラ・アイランド 大沢在昌/著

パンドラ・アイランド 大沢在昌/著 本の要約

東京から南へ七百キロ、小笠原の先にある一見平和で、のどかそうな南の島・青國島―。そこに都会での生活に疲れた男がやってきた…。東京中日スポーツ連載の待望単行本化。


パンドラ・アイランド 大沢在昌/著 オススメな本 内容抜粋

四十一年間生きてきて、同性にむきだしの性器を握りしめられるのは初めての経験だった。
とりたてて刺激的だとは思わないが、ひどく投げやりな口調で、
「はい、オーケー」
といわれると、自尊心を少し傷つけられたような気になる。
いった本人は薄い手袋を外し、万年筆をとりあげるとカルテに何ごとかを書きこんだ。
六十代のどこかだろう、と私は見当をつけた。
大柄でひどく毛深い白人だが、日本語にまったく詑りはない。
ペンを握る指にも、白衣のドからのぞくポロシャツの開いた胸にも、白い毛が密生している。
一時間近くつづいた検診の、最後の儀式が終わった。
「もう、パンツをはいていいですか」
私が訊ねると、ドクターは老眼鏡ごしの視線を向け、にたりと笑った。
レンズの奥で拡大された目は、青灰色だった。
若い頃はまっ青であったものが、年齢とともに漂白されたように見えた。
「ズボンもはいて結構。うちじゃこれ以上のサービスはない」
「ほっとした」
私はいって、体を起こした。ドクターのかたわらには、ナースの制服を着けた、いかめしい顔の女性が立っている。
ドクターより少し下、五十代のどこかだろう。もしかすると二十年前からほとんど外見がかわっていないかもしれない。
こちらは日本人だが、妙に”魔女”めいた雰囲気があった。
「助役、呼んで」
ドクターが魔女に命じた。
彼女が動き、診察室の外で待っていた助役を連れて戻ってきた。
私はようやくベルトを留め、ファスナーに手をかけたところだった。
助役の名は木島といった。
もらった名刺が財布のどこかに入っている筈だ。
私より少し年長で、身長は十センチ近く低く、体重は二十キロ近く少ないだろう。
動作は妙に緩慢だが、頭の働きはそうでもなさそうだ。
木島は私を少し見つめてから、ゆっくりドクタ〜に目を移した。
首の軋む音が聞こえてきそうだった。
「虫歯が二本ある他は健康。血液検査の結果をみても、この目でみても、伝染性の疾患にはいっさいかかっていない。もちろん性病もだ」
ドクターが木島に告げた。
「よかった」
木島はつぶやいた。もう一度私を見ていった。
「高州さん、気を悪くされないで下さい。なにしろ小さな島ですんで、外来の病気が一番おっかないんですよ。インフルエンザだって、ほとんどが、観光客の人がもちこむくらいですから」
「ぜんぜん気にしてません」
私はファスナーを上げていった。
「健康診断をうけるくらいで気を悪くしていたら、盛り場の交番づとめなどできませんよ」
意味が通じなかったようだ。誰も何の反応も示さず、木島だけが咳ばらいをしていった。
「役場で村長が待っています。面談されたあと、着任に伴う、あれこれをしていただくことになりますので」
私は頷き、ドクターを見た。ドクターは老眼鏡を外し、いった。
「具合が悪くなったらいつでもきなさい。あと、島のことで何か知りたいときでもかまわない。私の楽しみはお喋りでね。診察料はとらんが、島酒を一本もってきてくれると嬉しい」
「わかりました、先生」
「オットー先生、ご苦労さまでした」
木島は頭を下げた。
「いや。あんたで何人目かな」
オットーはいって、ぱちぱちと瞬きした。
「六人。七人かな。保安官のなり手をみるのは。肝炎もちで落としたのが、ひとりおった」
「では、先生」
「はいよ」
オットーが手をふり、私と木島は診察室をでていった。
木造の診療所の外は、白い光が氾濫する簡易舗装の道だった。
サンゴの破片を固くしきつめた、幅約四メートルほどの道路が左右にのびている。
正面に濃い青の海が見えた。
この道がメインストリートなのだと、くる途中、木島に教えられていた。
熱く乾いた空気を私は吸いこんだ。潮の香りはあまりない。
フェリー港からのびるアスファルト道路とメインストリートが交差した位置に診療所は建っていた。
このアスファルト舗装の長さは約二十メートルで、あとはすべてサンゴ片をしきつめた簡易舗装だという。
「水はけはいいのですがね、濡れると滑りやすくなるのですよ。原付バイクなんかでよく転ぶ人がいる」
木島は説明しながら右に向かって歩きだした。
南西諸島でもよく見かける、低く頑丈な造りの建物が道の左右につづいている。診療所のような木造家屋はむしろ珍しく、大半はコンクリートの四角い二階屋だ。
「だいたい観光客は、この通りのホテルかペンションに泊まります。食事をするところやお土産物屋なんかも、この通りにほとんど固まっていますからねあと、泳げるビーチもこの先くらいしかありませんから」
左手前方にそのビーチが見えた。道路をはさんだ右手に、三階建ての、このあたりでは最も大きな建物がある。
ホテル・ブルーヴィラという看板をかかげていた。

(本文P. 3〜5より引用)


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