１９５０年、初夏ソウル。ジンテ、ジンソクの兄弟は母と兄の婚約者ヨンシン、その弟妹たちと幸せに暮らしていた。しかし、突然の戦争勃発、家族は引き離され兄弟は招集された。弟を除隊されるため、ジンテは志願し危険な任務を遂行する。だが兄の不可解な行動を弟ジンソクは理解できない。勲章を手にし弟を除隊させるのも目前かと思われた時、弟と婚約者の身に思いもかけない運命が待ち受けていた

プロローグ

韓国北部。三十八度線に間近い杜密峰の一角に、朝鮮戦争当時、激戦の最中に息絶えたおびただしい数の兵士たちが、土に埋もれたまま眠っている。
祖国のために散っていった彼らを家族のもとに還すべく、朝鮮戦争遺骨収集事業団がその一帯で大掛かりな遺骨集収作業をつづけている。
大型のショベルカーで掘り起こした土中に発掘作業班が入り込み、隙間なくびっしりと並んで手探りで遺骨を見つけていく。
「杜密峰地区遺骨集収作業」と垂れ幕を張った集収チームのテント・キャンプの横に、鑑識作業チームや遺族との連絡を行う事務チームのテントが架設され、職員たちが忙しそうに立ち働いていた。
鑑識作業チームの横に並べられた棺には、これまでに集収された遺骨のうち、遺伝子鑑定によって同一人物のものと鑑定された遺骨が、近くで見つかった遺品とともに丁重に納められている。
だがその傍らには、無数の遺骨や遺品が、いまだ誰のものとも知れぬまま、発掘区域が記入された連絡票を貼り付けたビニールシートの上に、作業員が供えた菊の花とともに並べられている。
まだ予定の半分も発掘作業を終えていないというのに、見つかった遺骨や遺品はあまりにも多い。
錆びた水筒やスプーン。
ぽろぼろに腐敗した軍靴や銃。銃の台尻にはかすかに「母さん」と刻まれた文字が見える。
時計や万年筆、それにハーモニカもある。
これらに名前が記されているのが見つかれば、身元照会の手がかりになる。
腐りかけた手帳もあり、その横に置かれた写真には、幼い息子を抱き上げている父親と満面に笑みをたたえている母親の姿が写っている。
この写真の持ち主は、膨大なデータベースに照会されて、間もなく確認されるはずだ。
午前中に掘り起こされた発掘作業現場の一角で、作業員が汗まみれになって手にしたブラシで慎重に土をはらっている。
最初に枯れ木のように干からびた肋骨が掘り出され、そのすぐ近くから、鉄錆をまとい、半分にかち割られたヘルメットが姿を現した。
さらに周辺の土をはらうと、ヘルメットの横に埋もれていた頭蓋骨の）部が見えてくる。
作業員がブラシをかけると、額のど真ん中を穿たれた頭蓋骨が、鉦谷心を訴えるかのように地上を睨みつけてきた。
朝鮮戦争が勃発する五年前の一九四五年八月十五日、日本はポツダム宣言を受諾し、連合国に無条件降伏した。
だが、日本降伏の一週間前の八月八日に旧満州（中国東北部）に侵入したソ連極東軍は、日本陸軍を追い散らしながら南下をつづけ、二週間で満州を完全に制圧。
さらに南進して朝鮮半島に入り、九月中には半島全域を占領する勢いをみせた。慌てたアメリカが朝鮮半島西部の仁川に部隊を上陸させると、ソ連軍は北緯三十八度線で停止した。
間もなく、アメリカとソ連の妥協の産物として、朝鮮半島に信託統治システムが持ち込まれた。
アメリカ、ソ連、イギリス、中国の四力国がこの地域を信託統治し、人心の安定後、五年以内に独立国を誕生させるというものだった。
四半世紀以上にわたる日本の植民地支配が終わったのも束の間、アメリカとソ連の二大国が朝鮮半島を二分する形で居座ることとなった。
アメリカは右派民族主義者イ・スンマン（李承晩）を押し立て、ソ連は北朝鮮人民委員会を率いるキム・イルソン（金日成）を支援。
一九四八年八月十五日に大韓民国が生まれ、続いて同年九月九日に朝鮮民主主義人民共和国が誕生。
朝鮮半島は三十八度線を境に南北に分断された。
独立後の二年間で、朝鮮民主主義人民共和国は、ソ連と中国の支援を受けて強大な軍事力を保有した。
一方、大韓民国では公務員、政治家による汚職があとを絶たず、共和国軍工作員の暗躍もあって各地で民衆の蜂起が続発。
全土の三分の一の地域に戒厳令が敷かれていた。