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 ICO 霧の城
著者
宮部みゆき/著
出版社
講談社
定価
税込価格 1890円
第一刷発行
2004/06
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ISBN 4-06-212441-6
 
霧の城が呼んでいる。 時は満ちた、生贄を捧げよと。 何十年かに一人生まれる、小さな角の生えた子。 頭の角は、生贄であることの、まがうことなき「しるし」。 十三歳のある日、角は一夜にして伸び、 水牛のように姿を現す。それこそが「生贄の刻」(ニエのとき)。 なぜ霧の城は、角の生えた子を求めるのか。
 

本の要約

構想3年。同名コンピュータゲームの物語世界を、宮部みゆきが情熱を注ぎ込んでノベライズ化!「ぼくが君を守る。だから手を離さないで」頭に角の生えた生贄の少年。鋼鉄の檻で眠る囚われの少女。2人が運命を変えることを「霧の城」は許さない。城は、なぜ角の生えた子を求めるのか──。



オススメな本 内容抜粋

いつだかわからない時代の、
どこだかわからない場所でのお話。


第一章すべては神官殿の申されるまま


機織りの音が止んでいる。
しばらく前から、老人はそれに気づいていた。
そして待っていた。
また機が動き出すのを。しかし、待てども待てども、それは沈黙したままであった。
老人は、使い込まれて飴色になった一枚板の机に向かい、その上に古文書の綴りを何冊もひろしとみかびあごひげ
げていた。
蔀窓から吹き込んでくる微風が、徽の浮いた古文書の端と、老人の真っ白な長い顎髪の先を震わせて通り過ぎる。
老人はわずかに頭をかしげ、耳を澄ませた。
機織りの音に代わって、もしや泣き声が聞こえてくるかもしれない。
御機屋は、何日も前に完成していた。お浄めも済み、いつでも使えるようになっていた。
いや、すぐにも使い始めねばならなかったのだ。
だが、オネは泣き叫んで嫌がり、御機屋に近づこうとさえしなかった。あまりにも残酷だ、やめてくれ、やめさせてくれと、老人の衣の裾にすがりついて訴えた。
老人には、その涙が澗れ果てるまで泣かせておくしかなかった。
それから諄々と説いて聞か
せた。いつかこうなることは、おまえも知っていたはずだ。あの子が生まれたときから、おまえにもわかっていたはずだー。
昨夜の日暮れ時から真夜中までかかって説き伏せ、何とかこの夜明けに、オネを御機屋に連れて行くことができたのだった。
そしてようやく、重たげな機織りの音が始まったのに、今はもう止んでいる。
老人は窓の外に目をやった。
木立の葉が揺れている。
鳥が歌っている。光はまぶしく、陽射しは暖かい。
しかし今この村には子らの声もなく、村人たちは、畠を耕すときでさえ、ひっそりと息をひそめている。
畝を巡るのは力強い郷の音ではなく、嘆きを含んだため息だ。
狩りに出た者たちも、山の獣道を獲物を追ってたどりつつ、やはりふと足を止めては、長い吐息をついてこの村を見おろしているかもしれない。

生蟄の刻。

この老人ートクサ村の村長は、今年七十歳になった。

彼が彼の父親からこの座を引き継いだのは、十三年前のことである。そして、まだ壮年の男だった老人が、新しい村長として、父のやれなかったこと、父がやろうとしなかったことのあれこれをこの手で成し遂げようと考えをまとめ始めた矢先に、あの子は生まれた。間もなくニエとなろうとしている、あの不幸な子供は生まれた。
あのころ、村長の父はすでに深く病み、身体も気も弱っていた。それでもあの夜、ムラジとスズの赤子に角が生えている、角のある子が生まれたぞという報せを聞いたときには、一種の気概と悲哀に満ちた顔をして、決然と床を蹴って起きあがった。
そしてそのまま村の産所へ赴き、自らの手で生まれたての赤子を抱き取り、その小さく柔らかな頭を探って、角の存在を確かめた。
それから父親は、家に戻って息子を呼んだ。扉も蔀も閉て切り、燈火の芯を短くして明かりを落とすと、ともすれば夜風にまぎれそうなほどの低い声で語りだした。
「わしはおまえに、なかなか村長の座を譲ろうとしなかった。おまえが立派な村の男として皆の信頼を集めていることは知りつつも、あえておまえの頭を押さえていた。おまえはそれを、ひそかに不満に思うこともあったろう。わしは知っていた。しかし、それを責める気はない。おまえが不満を持つのは当然だったのだから」
村長は、声もなくただうなだれた。父の顔が怖かった。病み疲れた老人のはずの父親が、なぜかしら急に、異形のもののように恐ろしく見えたのだ。
「しかし、わしが村長の座にしがみついていたのは、何も未練があったからではない。ただただ、おまえにニエのことを背負わせたくなかったからなのだ。わしは臆病風に吹かれた。遅かれ早かれおまえに任せねばならぬことなのに、それを先延ばしにしたかった。しかしそれは誤りだ
った。“霧の城”におわすお方は、わしらの浅はかな了見などお見通しだ。見るがいい。わしが
病に負けて、ようようおまえに村長の座を譲った途端に、角のある子が生まれ出た」
村長の父の声は、泣いているかのように震えていた。
このトクサの村では、何十年かに}人、頭に角を持った子供が生まれてくる。
生まれたての赤ん坊の時は、角は目立たない。赤子の薄い髪の毛の下にさえ隠れてしまうほどの、円くてなめらかな突起に過ぎない。
角を持って生まれた子は、角のない子供よりも丈夫に育つ。すくすくと手足が伸び、身体は健康で、病気ひとつしない。子鹿のように野を駆け、うさぎのように跳び、栗鼠のように木に登り、魚のように泳ぐ。
その子が育ってゆく間、頭の角は、依然として、髪の下にひっそりと眠っている。
だから一見したところ、その子は普通の子供たちと、何ら変わるところがないようにも見える。
ただその子が抜きん出て元気で、いくつもの森を越えて響き渡る狩人の声と、知恵に輝く瞳を持っているということだけを除けば。
しかし、頭の角は、まがうことなき“しるし”であった。その子がニエであることのしるし。
やがてその子が“霧の城”へ行かねばならぬというしるし。村が背負わされたしきたりのしるし。

(本文P. 5〜8より引用)


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