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 アッシュベイビー
著者
金原ひとみ/著
出版社
集英社
定価
税込価格 1050円
第一刷発行
2004/04
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ISBN 4-08-774701-8
 
芥川賞受賞作第一部 私に最高の死をください 彼の手から与えられる 唯一の幸せを私にください
 

本の要約

『蛇にピアス』を凌ぐ衝撃の第2作!赤ん坊、変態、好きな男。主人公アヤはこの三人に囲まれ、ただひたすらに愛しい死を求め続ける。愛しい死、それは愛する人の与えてくれる死。彼女は今日も死を待っている。



オススメな本 内容抜粋

前を歩いてるガキがチラッとこちらを振り返り、いぶかしげに私を見た。

中指を立てたけど、奴にはその中指が何を示すものなのか理解出来なかったらしい。
えらい後悔をしていた。
どうしてこんなところに引っ越してしまったんだろう、と。
ここに引っ越して来て一週問。
すでに引っ越しを考えている。
小学校が近いのは知っていたけど、ガキというものがここまで自分勝手で自己顕示欲の強い生き物だとは思っていなかった。
こんな、ルールというものを理解していない人間が大勢いる所で、私は生きていく自信がない。
引っ越しか、引きこもりか。くらいのせっぱ詰まった状況に陥っている。
外に出るたび、ガキを見る。そいつらは大体狭い歩道の真ん中を歩いていて、複数の場合はギャーギャー騒いでいる。
キキーとブレーキをかけても、大抵気づかない。
「殺すぞ」とすごみたいところだけど、その衝動を抑えてチリリンとベルを鳴らすと、またギャーギャー言いながらほんの少し道を空ける。
たまに「すみませーん」なんて言うガキがいるけど、それは私の神経を逆撫でするだけで、すまない気持ちなんて全くこもっていないように聞こえる。
母親を見つけだして奴らの目の前で子供を虐殺してやりたくなるけど、そんな事したら私の方が自分勝手で自己顕示欲の強い異常者に仕立て上げられてしまうから、黙って自転車を飛ぼす。
この際、事故を装って子供を礫き殺すために免許でも取ろうかなんて考えも浮かぶ。
バカらしい。
どうせ、そんな事一文の得にもならない。
私だって、小学校に侵入して大量殺人を犯したクソな異常者をどうかと思うだけの美学は持ち合わせてる。
ただ、美学を超えるだけの殺意が芽生えてしまった場合は一体どうしたらいいのだろう。
という衝動の恐怖に、私は今震えている。
「くそ」
ただいまのかわりにそう言った私に、ホクトが振り返った。
「何、何さ」
「子供がいっぱいいたわ」
「ああ、そう。登校日なんじゃない?」
「そうかしら。砂糖水にたかるアリのごとくいっぱいいたのよ」
「まあ、小学校の近くだからな」
ホクトの言葉に、舌打ちする。こいつはいつもそうだ。
いつもおっとりした表情ともの言いで、こっちのイライラを打開しようとする。
「あんたはムカつかないの?あんな小汚いガキどもに道ふさがれてさ」
「別に。かわいいじゃん」
私は、ホクトには同意を求められない事に気づいて黙り込んだ。
「悪いけど、私金が貯まったら引っ越すわ」
「何言ってんだよ。勘弁してよ。俺はどうなるんだよ」
ホクトの言葉を無視して、段ボール箱を一つ抱え上げると部屋に入った。ルームシェアというやつは、今回が初めてだった。
恋人でもない男と二人で暮らすなんて、とっても胡散臭いし、不可能だと思っていた。
それでも、私がルームシェアを始めようと思い立つ事が出来たのは、相手がホクトで、こいつだったらいくらでも家事を押しつけられるだろうと踏んだからだ。
ホクトとは、大学のゼミで知り合った。
妙に痩せていて、有名なメンズファッション誌で人気のあるモデルに、少し似てると思ったのを覚えている。
特に仲がいいわけではなかったけど、話すと和む彼の雰囲気が好きだった。
それでも私たちは一度も寝る事なく、大学を卒業した。
ホクトはものすごく高い倍率の中、奇跡的に念願の出版社に就職して、私はまともな就活をしなかったせいか、あえなくキャバ嬢に落ち着いた。
私たちが共同生活をするようになって、まだ一週間も経っていない。
私が宿無しになったのは、大学卒業後、半年ほど経った頃だった。
その頃同棲していた彼氏が浮気に腹を立て私を追い出したからで、まるでそれを見計らったかのように、仲のいい友達らは彼氏とラブラブってやつだった。
男の家を転々としていた私は、元ゼミ仲問に誘われて飲みに行き、そこでホクトと再会した。
髪もすっかり真っ黒になって、仕事帰りのスーッ姿のホクトに、やけに違和感を覚えた。
十人ほどのゼミ生の中でホクトを選んだのに、大して理由はない。
アパートの上の人がすごくうるさくて眠れない。
そう言っていたから、誘っただけの事だった。
ホクトはその場の勢いもあったのだろうけど、いいね、と食いついてきた。
幸い私とホクトには多少の蓄えがあったから、私は次の日部屋を見に行った。
ホクトは私が勝手に選んだ2LDKのマンションを見て、一つの迷いもなく契約書にサインをした。
名義は二人にしておいたから、どちらかが出ていったとしても家賃が払えれば問題はない。
部屋は私の店とホクトの仕事先のちょうど中問点だし、陽当たりは良好だし、防音だから上も隣もうるさくない。
ただ、私は小学校の力を見くびっていた。
まさか、少子化の社会にこんなにもガキがいるなんて、考えてもみなかった。
小学生の時「人に呪われてるんだよね」と言い張り、学校を休みまくっていて良かった。
もしも私が普通に学校に通っていたなら、私みたいな異常者に刺し殺されていたかもしれない。
段ボールを開けて、一つ一つ物を整理していった。
ホクトは引っ越してから二日で片づけを終わらせたのに、私はまだまだリビングに段ボールが山積みになっている。
だから私の部屋はガラガラだ。
そう言えば服と化粧品以外、ほとんど出していない。
あーあ、めんどくせー。
明日でいいや。
そう思って段ポールをクローゼットに詰め込むと、ベッドに横になった。
あー、もうこのまま寝ちゃお。
そう思ってアラームをかけるために携帯を手にした瞬間、手の中で携帯が振動した。
「お茶飲まない?」というホクトからの簡潔なメールを見て、私は苦笑した。

(本文P. 3〜7より引用)


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