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 狐媚記 ホラー・ドラコニア少女小説集成 4
著者
澁澤龍彦 /著
出版社
平凡社
定価
税込価格 1890円
第一刷発行
2004/03
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ISBN 4-582-83216-4
 
体をください・・・・・・・・・・・・・・  ダキニの呪いが悪霊を呼ぶ!暗黒アカルト小説 現代アートで読む澁澤龍彦
 

本の要約

星丸は賊から救った少女と恋の炎に燃え上がるが、少女はかつて狐の子として生まれ間引きされた妹だった。澁澤暗黒メルヘンの傑作。



オススメな本 内容抜粋

北の方が狐の子を産みおとしてしまったという事実の知れわたったとき、
左少将の屋敷内のものはことごとく茫然自失して、発すべきことばもなかった。それはそうだろう、出産はめでたいものと相場がきまっているのに、これではだれだって、なんと挨拶してよいか分らぬではないか。
女房たちはみな目を伏ぜて、廊下をあるくにも音のぜぬように気をつかい、ことにも産婦の臥ぜっている寝所にはできるだけ近づかないで済ませようとした。
もしも北の方と顔を合わぜたら、そのときはなんと祝辞を述べればよいのだろうか、彼女たちにはさっぱり見当がつかなかったからである。
赤んぼを取りあげた老女は、まるで自分の責任ででもあるかのように周章狼狽して、身の置きどころもなくきりきり舞いしているうち、とるものもとりあえす、夜にまぎれて裏門から逐電してしまった。
とても左少将の前にまかり出る勇気はなかったからであろう。
北の方はといえば、みすからの胎内からひり出された異様に毛むくじゃらの小動物を目にしたとたん、弱々しい叫びをあげて、その場に気を失ってしまった。
正気をとりもどしたとき、床のなかに横たわっている北の方のつい目の前には、眉根を寄せて彼女の顔をのぞきこんでいる夫、左少将の 顔があった。
きびしい顔であった。
千軍万馬の間にあって敵と渡り合っているときにも、よもやこれほどきびしい顔はしていまいと思われるばかりのきびしい顔であったから、その怒りに燃えた眼光に堪えられす、北の方は思わす目をつぶった。
目をつぶると、またしても穴に吸いこまれるように意識が薄れかけてくるのを、今度は必死で堪えた。
沈黙はどれくらいつづいたろうか。
やがて夫の声が上のほうから落ちてきて、耳を打った。
いや、耳を打ったどころではない。
辛辣なことばで、彼女の耳はするどく突き刺される思いがした。
「奥よ、えらい手柄を立ててくれたものじゃな。古く村上源氏の流れをひくわが赤松の家系には、始祖以来まだ一度として、けだものが生まれたというためしはなかったものじゃ。とんだ恥さらしじゃ。ひょっとすると、そなたは今年の初午に伏見の稲荷へ詣でたとき、しっぽの長い妖物にでも魅入られたのではないかな。そして自分では気がつかすに間違いを犯したのではないかな。」
そこまでいうと、いつのまにあらわれたのか、かたわらに控える験者覚念房をかえりみて、
「どうじゃ、その方の意見は。かまわぬから忌憚なく申してみよ。」
覚念房は待っていたように膝をすすめると、北の方の耳にもよく聞えるように、一語一語をはっきりさぜながら、
「古今の例に照らしてみまするに、さような不思議はかならすしもありえないとは申されまぜの。これは唐国の、しかも遠い遠いむかしの話ですが、例の幽王の寵妃たる褒姐は、男と通じたわけでもないひと りの宮女から生まれたと申します。
それというのも、この宮女はみすから気がつかぬうちに、後宮にしのびこんだ一匹のすっぽんと交わって、孕まぜられていたからです。
もとをただぜば、そもそも夏王朝の衰えかけたころ、二頭の神龍が宮廷の庭で口から泡を吹きました。
その泡は箱におさめられ、股朝をへて周朝へと伝えられました。
そして周の十代属王のとき、その箱をひらいたところ、泡が流れ出してすっぽんとは化したのでした。すなわち、すっぽんと申しましても、これはもとよりただのすっぽんではございまぜぬ。」
『したが、稲荷山にはすっぽんはおるまい。それに褒姐は狐のすがたをして生まれてきたのではあるまい。肝心なのは、いかにして女から狐の赤んぼが生まれるかということだったはすじゃ。」

 

(本文P.6〜15 より引用)


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