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 あの橋の向こうに
著者
戸梶圭太/著
出版社
実業之日本社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/12
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ISBN 4-408-53450-1
 
100万人の真面目な女の子に捧げる異才トカジ、初の恋愛小説。女の子なら誰もが経験したはずの、不確かな恋物語。
 

本の要約

ごく普通のOL芳美のひと時の恋。代わり映えのしない日常生活に終止符を打ちたい、そんな希望を抱いて胸をときめかせた彼女だったが。女の子なら誰もが経験したはずの、不確かな恋物語。100万人の真面目な女の子に捧げる異才・トカジ、初の恋愛小説。(とはいえ、従来のトカジファンの方々にも安心してお読みいただけます)



オススメな本 内容抜粋

19:53

もう駄目、限界。
今月の生理はいつになくつらい。
下腹部がじくじくと刺すように痛み、約一分に一度の間隔でグサッと大きな痛みが襲ってくる。
両肩は死体永久保存用のプラスチック液でも決入されたのかと思うほどに凝っていて、筋肉をすべて脱ぎ捨てて骸骨になったらどんなに楽に仕事できるだろうとさえ思った。
こめかみも痛い。万力で締め付けられているようだ。
鼻の奥が痒い。
かんでもかんでも鼻汁が出てくる。
眼球の奥が痛い。
毛細血管が目詰まりを起こしているのかもしれない。
右手の筋肉が痛い。
つらい。
いっそのこと切れたら仕事しなくてもよくなるのに。
尻のおできも痛い。
右側の真ん中あたりに大きいのがあって、どう姿勢を変えても当たってしまう。
でもまだ潰せない。
今が一番厄介なのである。
胃が気持ち悪い。
胃酸過剰の消化液が中でぐるぐると渦巻いている。
足の指が冷たい。
凍ったみたいに冷たい。
顔面の皮膚が化粧で窒息しそうだ。
ファンデーションの下の吹き出物はますます増えつつある。
下腹部…肩…こめかみ…鼻汁…眼球…右手の腱…尻のおでき…胃袋…足の指…顔面。
矢追芳美はデータ入力を続けながら、自分を苦しめているものの数を数えた。
なんと、十もあった。
(死にそう……もう)
入力すべきデー夕はまだ気が遠くなるほどたくさん残っていて、今日も終わるのはおそらく十時半過ぎだろう。
家に辿り着くのは十二時過ぎだ。
そして風吊に入ってベッドに入る頃には一時を過ぎている。
そして六時前には起きてまた会社に行かねばならない。
毎日同じことを考えて、同じように憂欝になる。
(……うっ)
そういえば、オフィスにこもっているタバコの煙も気持ち悪い。
芳美自身も吸うのだが、今は臭いを嗅いだだけで吐きそうになる。
不快要因が十から十一に増えた。
「んだよお……くそっ」
隣のデスクで後輩の勝亦萌が吐き捨て、キーボードをぶっ叩いた。
芳美は、口が裂けても言えないが勝亦萌が大嫌いで、なおかつ恐かった。
彼女は萌という可愛らしい名前に反して、非常にキツい性格の娘である。
顔が可愛いから、よけいそのキツさが際立つ。
芳美より五つ年下の、二十二歳だ。
この課で一番若いのに、ある意味課長より恐れられている。
記入漏れや記載に不備のある書類など彼女に渡そうものなら、多分にヤンキー仕込みと思われる気合の入った目で容赦なく睨まれ、必要以上にでかい声で不備を指摘され、そういう彼女の態度にちょっとでも文句をつけようものならその十倍にして返される。
そして大抵負ける。
なぜなら彼女は正しいからだ。
そして実に口が達者なのだ。
そして彼女は決してミスをしない。
だから他人のミスを許さない。
だから誰も彼女に文句を言えない。
そういうことである。
「何度もおんなじ間違いするなっつーの」
勝亦萌は記載に不備のある書類を後回しにして、データ入力を続行する。
芳美はわずか半年で、勝亦萌に、仕事消化能力においてあっさりと追い抜かれた。
これは芳美にとってかなりショックだった。
だが、よく考えてみれば、こんな単純労働は若ければ若いほど早いし、ミスもない。
あるレベルに達してしまえば、その後はずっと同じなのだ。
ゆえに給料も変わらない。
「……馬鹿がっ」
勝亦萌も相当苛立っている。
毎月五日と十五日が近づくと、芳美は彼女が恐くて、見ることもできない。
勿論、彼女だって時折笑顔は見せる。
だが、その笑みはどことなく冷たく、人を馬鹿しているような印象を受ける。
芳美の考えすぎかもしれない。
考えすぎであって欲しいものだ。
勝亦萌が荒んだ言葉を吐くと、気持ちが滅入る。
自分が役立たずの馬鹿野郎と言われている気がしてしまうのだ。

(本文P. 5〜7より引用)


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