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 世界の中心で、愛をさけぶ
著者
片山恭一/著
出版社
小学館
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2003/04
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ISBN 4-09-386072-6
 
十数年前。高校時代。恋人の死。「喪失感」から始まる魂の彷徨の物語。落ち葉の匂いのするファーストキスではじまり、死を予感させる無菌状態の中でのキスで終わる。
 

本の要約

映画化決定! 2004年夏、公開予定
監督:行定勲 主演:大沢たかお 柴咲コウ 山崎努ほか

「好きな人を亡くすことは、なぜ辛いのだろうか」――十数年前、高校時代に体験した恋人の死を巡って展開されるどこまでもピュアな物語世界。『ジャンプ』佐藤正午氏推薦の清新な書き下ろし恋愛小説!

  主人公は朔太郎という名の、地方都市に住む高校2年生。物語は、アキという名の同級生の恋人の死から始まる。そして生前の彼女との思い出を回想するように、ふたりの出会い、放課後のデート、恋人の墓から遺骨の一部を盗んだ祖父の哀しくユニークな話、ふたりだけの無人島への旅、そして彼女の発病・入院、病院からの脱出、そして空港での彼女の死までのストーリーが語られ、その中で朔太郎は自分の「生」の充足が、彼女との出会いから始まっていたことに気づく。アキの死から十数年が経過した今も粉状になった彼女の遺骨の一部を小さな硝子瓶に持ち続けていた朔太郎は、新たな恋人とともにアキとの思い出が詰まった郷里を訪ねる。そして「アキの死」が残したものの大きさを感じながら、ふたりがかつて一緒にいた郷里の学校のグラウンドで静かに骨を撒いた――。



オススメな本 内容抜粋

第一章

朝、目が覚めると泣いていた。
いつものことだ。
悲しいのかどうかさえ、もうわからない。
涙と一緒に、感情はどこかへ流れていった。
しばらく布団のなかでぼんやりしていると、母がやって来て、「そろそろ起きなさい」と言った。
雪は降っていなかったが、道路は凍結して白っぽくなっていた。
半分くらいの車はチェーンを付けて走っている。
父が運転する車の助手席に、アキの父親が坐った。
アキの母親とぼくは後部座席に乗り込んだ。
車が動きだした。
運転席と助手席の男たちは、雪の話ばかりしている。搭乗時間までに空港に着けるだろうか。
飛行機は予定通りに飛ぶだろうか。後部座席の二人はほとんど喋らない。
ぼくは車の窓から、通りすぎていく景色をぼんやり眺めていた。
道の両側に広がる田畑は、見渡すかぎりの雪野原だった。
雲のあいだから射す太陽の光が、遠い山の稜線をきらめかせた。
アキの母親は、遺骨の入った小さな壷を膝に抱いている。
峠に差しかかると雪が深くなった。
父親たちはドライブインに車を停めて、タイヤにチェーンを巻きはじめた。
そのあいだに近くを歩いてみることにした。
駐車場の向こうは雑木林だった。
踏み荒らされていない雪が下草を覆い、木々の梢に降り積もった雪が、ときどき乾いた音をたてて地面に落ちた。
後ろを振り返ると、ガードレールの彼方に冬の海が見えた。
穏やかに凪いだ、真っ青な海だった。何を見ても、懐かしい思い出に吸い寄せられそうになる。
ぼくは心に固く蓋をして、海に背を向ける。
林の雪は深かった。
折れた枝や、固い切り株のようなものがあって、思ったよりも歩きにくい。突然、林のなかから、一羽の野鳥が鋭い声を発して飛び立った。
立ち止まり、物音に耳を澄ませた。
静かだった。
まるでこの世界から、誰もいなくなってしまったみたいだった。
目を閉じると、近くの国道を走る車のチェーンが、鈴の音のように聞こえた。
ここはどこなのか、自分が誰なのか、わからなくなりかけた。
そのとき駐車場の方から、父がぼくを呼ぶ声が聞こえてきた。
峠を越えたあとは順調だった。
車は予定通り空港に到着し、ぼくたちは搭乗手続きを終えてゲートに進んだ。
「よろしくお願いします」父がアキの両親に言った。
「こちらこそ」アキの父親はにこやかに答えた。
「朔太郎くんに一緒に来てもらって、アキも喜んでいると思います」
ぼくはアキの母親が抱えている小さな壷に目をやった。美しい錦織の袋にくるまれた壷、そのなかに本当にアキはいるのだろうか。
飛行機が飛び立つと、ほどなく眠りに落ちた。
そして夢を見た。まだ元気だったころのアキの夢だ。
夢のなかで彼女は笑っている。
あのいつもの、ちょっと困ったような笑顔で。
「朔ちゃん」と、ぼくのことを呼ぶ。その声も、はっきり耳に残っている。
夢が現実で、この現実が夢ならいいと思う。
でも、そんなことはありえない。だから目が覚めたとき、ぼくはいつも泣いている。
悲しいからではない。楽しい夢から悲しい現実に戻ってくるときに、跨ぎ越さなくてはならない亀裂があり、涙を流さずに、そこを越えることができない。
何度やってもだめなのだ。

(本文P. 1〜3より引用)

 

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