発売と同時に全米で大ベストセラー!!ブッシュ支持率、急降下!ブッシュ最大の敵マイケル・ムーアが命と巨体を賭けて、「アホでマヌケなアメリカ白人」に殴り込む!!
9・11の朝はどこで何をしていたか、という話を聞くのが好きだ。 とくに、偶然なのか運命なのか、生き延びることができた人たちの話を聞くのが。 たとえばある男は、前の日にハネムーンから帰ったばかりだった。 九月十日の夜、新妻は特製のブリトーをつくってくれた。 それは実に恐ろしいしろもので、メイジャー・ディーガン高速道路から剥がしてきたアスファルトのかけらみたいだった。 でも、愛があればだいじょうぶ。 こういうときは太っ腹なところを見せるものだ。 男はありがとう、愛してるよ、もうひとつおくれ、といった。 翌日、二〇〇一年九月十一日の朝、男は出勤しようとブルックリンから地下鉄に乗った。 職場は世界貿易センタービルの上層階。 地下鉄の列車がマンハッタンに向かうあいだ、こなれの悪いブリトーは出口に向かっていった。 出口といってもトンネルの出口じゃない。 腹具合が本格的に悪くなって、男は世界貿易センタービルのひとつ手前の駅でおりた。 地上にあがってしかるべき施設を探したが、何しろニューヨークだから見つかるはずがない。 とうとうパーク・ロウとブロードウェイの角で、〈ディペンド〉の成人向けおむつがあればどんなにいいかと切実に感じる人となった。 恥ずかしさでいっぱいの男はといっても、腹はすっきりしたけれど!─無許可営業のタクシーを拾い、、百ドルを進呈して(九ドルは運賃、九十一ドルは新車購入の足しにしてもらうため)、家に向かった。 帰宅すると、急いでシャワーを浴び、清潔な服を着た。 早くマンハッタンヘ引き返さなければならない。 バスルームを出た男はテレビをつけた。 そして旅客機が、彼の職場に激突するシーンを見た。 自分はいままさにあそこにいるはずだったのだ。 愛する新妻があのすばらしい信じられない出来のブリトーをつくってくれなかったなら………男は床にへたりこんで泣きだした。 ぼく自身の9・11体験は、そんな九死に一生の物語じゃない。 あの朝はサンタ・モニカのホテルで眠っていた。 午前六時三十分ごろに電話が鳴り、出てみると妻の母親からだった。 「ニューヨークが攻撃されてるのよ!」寝ぼけた耳にそんな言葉が飛びこんできた。ぼくはこう返したかった。 「それやいつものことじゃないっすかだいたい、こっちはまだ朝の六時半ですよ!」 「ニューヨークが戦場になってるのよ」と義母は続けたが、意味がわからない。だってニューヨークはいつでも戦場みたいじゃないか。 「テレビをつけてみて」というので、つけてみた。 妻も起こして、一緒に画面を見ていると、すぐに炎をあげている二つの高層ビルが映しだされた。 ぼくたちはニューヨークにいる娘に電話をかけた。 不通だ。 次に友人のジョアン(世界貿易センタ】ビルの近くで働いている)にかけてみたが、やっぱりつながらない。 ぼくと妻は樗然とした。 そのあとずっとベッドから動けず、テレビに目を釘づけにされていたが、午後五時になってやっと、娘もジョアンも無事だとわかったのだった。 だが、しばらく前に一緒に仕事をしたプロデューサー、ビル・ウィームズは無事じゃなかった。 ハイジャックされた旅客機の搭乗者の名前がテレビ画面の下のほうに流れはじめたとき、名前が出たのだ。 ビルとの最後の思い出は、煙草産業を批判するテレビ広告を撮影したとき、葬儀社で一緒にひと騒ぎしたことだ。ブラック・ユーモアをこよなく愛する二人の男が、葬儀社の社員たちとからむシーン。 これぞ涅槃の境地だ。 なのに、その三カ月後、彼は死んだ世間はなんといったのだったか? ”わたしたちの知っていた生活は変わってしまった” 本当に?本当に変わってしまったのか?どんなふうに?悲劇が起きてまだ間がないとき、そんな問いに的確な答えが出せるだろうか?でも、ビルの奥さんと七歳の娘さんにとっては、たしかに生活は変わってしまったはずだ。 犯罪行為によって、年端もいかない少女が父親を奪われてしまったのだ。 殺された三千人以上の人の遺族にとっても、生活は一変した。 彼らがその悲しみを忘れることはないだろう。 彼らは”前に進まなければいけない”と助言される。 でも、”前”ってどこなんだ? 近しい人を亡くした人は(誰もがいつかはそういう経験をするわけだが)、よく知っている。 人生は”前に進んでいく”けれど、腹の底に受けた衝撃と胸の悲しみが消えることはなく、それらをなんとか受け入れて生きていくしかないことを。 ぼくたちは個人的な悲しみを抱えながらもなんとか生きていく。 朝がくれば起きて、次の朝も起きて、子供たちの朝食をつくり、洗濯をし、請求書の支払いをしながら…… いま首都ワシントンで、いろんなことが変わりつつある。 ぼくたちの悲しみと、また”あれ”が起きるのではという恐怖心を利用し、9・11の犠牲者を格好の口実にして、現在大統領職にある男が、”アメリカ的な生き方”を永久に変えてしまおうとしている。 彼らはそんなことのために死んだのか?ジョージ・W・ブッシユが、アメリカ全体をテキサス州にしてしまうのを手伍うために? 9・11以後、ぼくたちはすでに二つの戦争をした。 三つ目、四つ目もありえないことじゃない。 けれども、こんなことを続けて達成できるのは、あの三千人の死者の名誉を汚すことだけだ。 ビル・ウィームズは罪もない外国の人たちの上に爆弾を落とす口実になるために死んだわけじゃない。 彼の死が奪われた命が未来に向かって大きな意味を持つようにするには、ぼくたちはこの狂った暴力的な世界で、これ以上彼のような死者を出さないようにしなくちゃいけない。 ところが世界はいま、とんでもない方向に突っ走りはじめている。 いまこうしてみなさんにこの文章を読んでもらえるぼくは、つくづくラッキーだと思う。 この広い世界でいちばんすばらしい国に生きているのもラッキーだけど、それだけじゃないーというのも、9・11のあと、『アホでマヌケなアメリカ白人』の版元である〈レーガンブックス〉(ここは〈ハーパーコリンズ〉社の一事業部で、〈ハーパーコリンズ〉の親会社は〈ニューズ・コーポレーション〉。〈ニューズ・コーポレーション〉は〈フォックス・ニュース〉の親会社でもあり、すべての所有者はメディア王ルパート‘マードックだ)が、ぼくの著作家としての経歴に終止符を打とうと躍起になったにもかかわらず、こうしてまた本が出せたからだ。 『アホでマヌケなアメリカ白人」の初版五万部は、9・11の前日に刷りあがった。ところが翌朝、あの悲劇が起きて、本を全米に届けるはずのトラックが足止めをくった。 それから五カ月間、出版社は本を倉庫に監禁しつづけたのだった。 それはテロ犠牲者の感情への配慮からだけじゃない(それならぼくにも理解できる)。 出版社はぼくの思想を検閲しようとしたのだ。
(本文P. 8〜11より引用)
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