ZOKU Zionist organization of karma underground
著者
森博嗣/著
出版社
光文社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/10
ISBN 4-334-92408-5
 
非営利団体「ZOKU」の謎の企み、森博嗣流コミック・ノベル登場! 壮大なる悪戯の組織「ZOKU」と、彼らの企みを阻止しようとする「TAI」。 いったい何者? 何のために?
 

犯罪未満の壮大な悪戯を目的とする非営利団体<ZOKU>と、彼らの悪行を阻止しようとする科学技術禁欲研究所<TAI>の争いの行方は・・・。




深夜の機関区に星空はなかった。
霧しい数のライトが抜かりなく全域を照らし出して暗闇の侵入を防いでいたからだ。
しかし、滅多に車両が通らないヤードの片隅にだけは、錆びついたレールの下にすっかり埋もれてしまった枕木と、か細い反射光で辛うじて曖昧な夜空との境界を顕示する架線の間に、行き場をなくした静けさが停滞していた。ちょうど液中で沈殿した粉体にも類似したメカニズムで。
したがって、風もない。
古びた木造の機関庫の側面。
人の背丈ほどにも伸びた雑草が大人しく動かない。
今夜に限って、その辺りのライトだけが何故か消されているため、まるで建物の蔭が再現されたような演出にも見えた。
しかし、コートの襟を立てた二人の男たちがその蔭にとけ込んでいることに気がつけば、その意味も明らかであろう。
「どうして、こんな場所へ?」後ろに立っていた背の低い年輩の男がその質問をしたのは五分もまえのことだったが、もう一人の男の返答はまだ聞かれなかった。
百メートルほど離れた本線をときどき列車が通過する。
それに前後して、レールが鳴る音が聞 こえた。車輪がレールの繋ぎ目で立てるハンマ・サウンドが遠く響いたとしても、ここではごく普通のことである。
だから、動力を切って惰行運転で静かにヤードに進入してきたその車両に男たちが気づいたときには、既に数十メートルという近距離だった。
たちまち彼らの目の前まで、それはやってくる。重厚な金属の軋みと、低いモータ音が暗闇の中で一際高く感じられた。
また、ホームではなく、線路より一段低い地面に立っていたせいもあって、車両はいっそう巨大に見えた。
「何なんです、これは……」後ろの男が眩いたものの、やはり長身の男の返事は得られない。
列車ではなく、それは一両だけだった。しかし、長さは優に二十メートルはあるだろう。
角度的に屋根の上が見えないためパンタグラフが確認できなかった。
つまり、電気機関車なのかディーゼル機関車なのか判別できない。
曲面状の前面には、高い位置の中央と窓の下の左右にヘッドライトが三つ眩しく輝いていた。
このため、フロントガラスの中の暗い車内はまったく見えない。
長い側面にも小さな窓が数箇所にしかなく、このことから、電車あるいは客車のような乗客を運ぶタイプの車両でないことは明らかだった。
二人の前で、その鋼鉄の乗物は静かに停止した。
空気音を漏らし、僅かに金属を擦る高音が鳴り、やがてそれらも消えると、冷蔵庫を連想させる低いコンプレッサの回転音だけが残った。
ほぼ中央部の高い位置にあったドアが開く。
中から白い服装の男が現れ、背中を向けてステップを下りてきた。
今まで黙って動かなかった長身の男が歩きだす。
後ろにいたもう一人も、彼に従って線路脇の荒々しいバラストの上を進んだ。
「時間どおりですな」長身の男が片手を差し出しながら言う。
「線路には渋滞がありませんから」機関車から降りてきた男は答えた。だが彼は、差し出された手を握ろうとはしなかった。
白衣を着て、メガネをかけている。長髪には白髪が混じっていたけれど、見た感じは若そうだったので、いかにもアンバランスな印象だった。
向き合った二人を見ていたもう一人の男は機関車の側面に手を伸ばしたが、触れる寸前でそれを諦めた。
塗装の具合や油で汚れているかどうかを確認しても得なことは何もないと気づいたからだ。もちろん、もの珍しい。暗闇に目も慣れ、ヘッドライトの幻惑から解放されたこともあって、今は機関車のディテールを観察することができた。
前面から側面へ滑らかな曲線で継ぎ目なく連続したボディは、白一色で塗装されている。これは珍しいだろう、と男は思った。
少なくとも、白い機関車を見た記憶はなかったからだ。
下部の台車も白かったが、鋼鉄の固まりといった印象が、油の彦んだ鈍い光の反射から感じられる。側面中央部のドア(白衣の男が出てきたままで、今も開いていた)の横には、TAIの三文字があった。
磨き上げられた金属製で、金色に浮き上がっている。
これ以外には文字もマークもない。見える範囲には車両の型番らしきものも見当たらなかった。
「こちらは、長官補佐の貝沼さんです」ようやく、長身の男は振り返り、彼を紹介してくれた。
「貝沼です」背の低い男は機関車の観察を断念して、一歩前に出た。「長官は会議室で既にお待ちになっておられます。あの、この機関車は……」
(本文P.7〜9 より引用)


このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。
無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.