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 影踏み
著者
横山秀夫/著
出版社
祥伝社
定価
本体価格 1700円+税
第一刷発行
2003/11
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ISBN 4-396-63238-X
 
人気絶頂の著者、最新作の主人公は、“ノビ師”!十五年前のあの日、男は法を捨てた。
 

本の要約

「地面すれすれから社会を見てみたかった」 人気絶頂の著者、最新作の主人公は、“ノビ師”!十五年前のあの日、男は法を捨てた。一人の女性をめぐり業火に消えた双子の弟。残された兄。三つの魂が絡み合う哀切のハードサスペンス――。祥伝社ノン・ノベル創刊30周年記念特別作品



オススメな本 内容抜粋

消息

三月二十五日早朝。
三寒四温でいうなら、真壁修一の出所は寒の日にあたった。
高塀の外に出迎えの人影はなく、だが、内耳の奥には耳骨をつんつんと突いてくるいつもの感覚があって、晴々とした啓二の声が頭蓋全体に響いた。
〈修兄イ、おめでとさん!えーと、まずは保護司さんのとこ?》
〈いや〉
真壁は答え、ハーフコートの襟を立てながらバス停に足を向けた。
ちょうど、市内に向かうバスが来たところだった。
真壁は「作業賞与金」と印字された薄っぺらい茶封筒の封を切り、手のひらに小銭を滑らせた。
何も変わっていない。舗道は区画整理に背いた数軒のあぱら家を避けて鉤型に走っているし、街道筋の銀杏並木は貧相な枝振りも幹のすすけ具合も以前のまま、くすんだ風景画のようにあった。
県道を跨ぐ歩道橋のすぐ下に、歩行者用信号機の付いたゼブラが引かれていて、それだけが二年前と違う。
車優先社会への反発だか反省だかが、そうした二重横断の珍妙な光景を納得顔で許しているらしい。
真壁は雁谷市役所前でバスを降りた。
もう出勤の時間なのだろう、そこかしこの道から背広やコートが現れ、色彩のない行軍の列となって職員通用口に吸い込まれていく。
その市庁舎をぐるり回った裏手の県立図書館は、やや明るい色合いながら刑務所の高塀によく似た赤煉瓦造りだ。案の定、耳骨がまたつんつんと突かれた。
《ねえねえ、それじゃあ例の件、ホントに調べる気?》
〈そうだ〉
真壁は二階のカウソターで地元紙の閲覧を申し出た。
過去二年間分のマイクロフィルムを借り受け、窓際の読出機に腰を据えた。
古い紙面から順に杜会面の事件をチェックする。
まず画面に映し出されたのは「真壁逮捕」を伝える記事だった。
読み飛ばし、手元のダイヤルを操作して次の日の紙面に送る。
数秒見つめてまた送る。
次の日……。さらに次の日……。
「死」「殺」「傷」……。
殺伐とした活字の残像が重なっては消えていく。
三ヵ月分ほど見終えた頃、苛立ちを伝えるように中耳の辺りが疹いた。

《修兄イの思い過ごしだと思うなあ》
〈………〉
《なんにも起こってないってば》
〈啓二、少し黙ってろ〉
真壁は一度として席を立たず、二年間分の杜会面を見終えた。
なかった。
真壁が頭に思い描いていた事件は─。
〈ほ〜ら、やっぱり修兄イの妄想じゃんか。女は亭主を殺していません。たった今証明されました》
啓二が茶化すように言ったが、真壁は眉一つ動かさなかった。
〈殺ろうとしてたことは確かだ〉
《だから、それが妄想だって言ってんの。だいいち、俺たちになんの関係があるわけ?》
〈自分がパクられた時のことはちゃんと知っておきたいだろう〉
《はいはい、そんじゃ行こう。何もなかったってわかったんだから》
勝ち誇った声を内耳の奥に閉じ込め、真壁は最初に読み飛ばした二年前の紙面を画面に呼び出した。
三月二十二日付杜会面。
四コマ漫画の下に大きくスペースを割いた囲み記事が載っている。
『"ノビカベ"捕まる」の三段見出し。
至近距離から必要以上のストロボをぶつけて撮られた顔写真。
その目元は鋭く、定規で引き下ろしたような鼻筋や薄く締まった口元はCGデザイナーが好んで描く未来的な風貌を思わす。
その二年前の写真を見つめる真壁は、やや頬がこけ、目つきに懐疑の光を増したか。
記事は週刊誌的だ。
ことさら中央紙との差別化を意識した地方紙記者の鼻息の荒さだか鼻の高さだかが書きっぷりに匂う。

(本文P.5〜8 より引用)
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