財閥会長の運転手・梶田が自転車に轢き逃げされて命を落とした。広報室で働く編集者・杉村三郎は、義父である会長から遺された娘二人の相談相手に指名される。妹の梨子が父親の思い出を本にして、犯人を見つけるきっかけにしたいというのだ。しかし姉の聡美は出版に反対している。聡美は三郎に、幼い頃の“誘拐”事件と、父の死に対する疑念を打ち明けるが、妹には内緒にしてほしいと訴えた。姉妹の相反する思いに突き動かされるように、梶田の人生をたどり直す三郎だったが……。 一見地味で小さな事件でも、関わるすべての人々の悩みは深い。そうした悩める人々の生きざまを、著者ならではの温かいまなざしで見つめて描いた、傑作長編ミステリー
暗い、暗い、と云ひながら
誰か窓下を通る。
室内には瓦斯が灯り、
戸外はまだ明るい筈だのに
西条八十
詩集『砂金』より
1
しぶとい熱気をはらんだ西風が、挨っぽく乾いたコンクリートの歩道を吹き抜ける。 風の後味にはかすかな涼しさがあった。 しかし暑気は、閉店時刻が近づいても席に残って話し込んでいる客のように、まだ当分は腰をあげそうにない。 白地に墨痕鮮やかな立て看板は、二対の針金で電柱にくくりつけられているおかげで、強い風にも煽られることなく、忠義深い歩哨のように直立して、白金色の陽光を照り返している。街のいたるところに、ピンクめいたタテカンを、文字通りステカンとして設置しまくる業者とは違い、さすがに警察は仕事が丁寧だ。 針金の結び目は、こよりのようにきれいによじって丸めてある。 必要以上にこのタテカンに近づいた不用意な誰かが指を刺したりしないようにという計らいだろう。ますますよろしい。 そんな不用意な誰かがどこにいるのか。ここにいる。 私だ。 ポケットから取り出した大判の白いハンカチで額の汗をぬぐい、首筋まで拭いて、ついでに腕時計を見た。 午後二時になる。 時計の文字盤では、三つ重ねのアイスクリームを載せたコーンを持ったコミックのキャラクターの犬が笑っている。 これは桃子からの借り物だ。 何ヵ月も前に壊れたきり、修理することもなく引き出しにしまいこんである私の腕時計のかわりに、娘が貸してくれたのである。 「お父さんの時計はどうしたの?」 「壊れちゃったんだ。それとも電池が切れたのかもしれない」 「なおしてもらえばいいのに」 「携帯電話があれば、腕時計は要らないと思ってたんだ」 「でも今日は時計がいるの?」 「うん。実は携帯電話も壊れちゃったんだよ」 この世に生まれ落ちてまだ四年ながら、すでにして笑顔の達人となっている我が娘は、いつも私を魅了してやまない笑みを浮かべてこう言った。 「お父さんは、何でもコワしちゃうメージンだね」 桃子の小さな脳のなかに、「名人しという言葉を登録したのはどこの誰だろう。 あるいは本か、映画かコミックか。 教師が誰であるにしろ、彼女はそれをきわめて正しく使った。 子供は呼吸するように学習する。 だから私も妻も、耳に汚い言葉は一切口にしないよう心がけている。 それでも今は、禁を破り声に出して罵りたい。幸い、ここには桃子もいないから。なんでこんなにクソ暑いんだと。 すると太陽は応じるだろう。 それならあんたは、どうしてそんなふうに、道端にぼんやり突っ立っているんだね? 私には私の用があるのだ。 私はこの立て看板を見にきた。 事故現場を、この目で確かめるために足を運んできたのである。 事故の起こった、まさにその時刻を選んで。 東西に延びる十五メートル公道に沿って広がる、静かな住宅地だ。 私がタテカンと共に仔む側には、総戸数三百八十九戸という大型マンションが、秋の景色を先取りするうろこ雲の浮かぶ青空を背景にそびえ立っている。 仰ぎ見ると、書き割りのように非現実的な感じがするほど立派な建物だ。 マンションの右隣には、ぐっと規模の小さなアパートが二つ。 左隣にはさらに小さな商業ビルと、古い戸建住宅が肩を寄せ合っている。 道を隔てた対面にはこぢんまりした児童公園があり、その並びにも戸建住宅がちまちまと整列しているが、公園の向こうには「高崎電子」という社名をかかげた灰色のビルが見える。ひと月の小遣いをまるごと賭けてもいいが、この児童公園は、高崎電子の社員たちの憩いの場となっているに違いない。 真冬と真夏を除いたすべての季節、彼らはここのベンチやブランコに座り、膝の上に昼食を広げる。彼らの昼休みの時間帯には、児童公園を利用する子供たちの大半は、まだ学校という橿のなかに閉じ込められているのだから。 公道を彩る街路樹は、枝を広げ葉を茂らせている。 街路樹の足元に四角くのぞいている地面にも、どれも例外なく、さまざまな草花が茂っていた。赤や黄色の花が咲いている。 雑草ではない。 町の住人たちが丹精しているのだろう。 私はこの町が気に入った。訪れてすぐそう感じたが、タテカンのそばで三十分以上を過ごした今となっては、引っ越してきてもいいような気分にさえなっていた。 道路に沿って西へと目をやると、灰色のコンクリートが、大きくうねるように波うっているのが見える。舗装が悪いのではない。橋があるのだ。その下には、都区内にしては上々の程度に澄んだ川が流れている。 護岸は遊歩道に整備され、ツツジの植え込みが並んでいる。ぶらぶら歩きするのもよし、釣り糸を垂れるのもよし。 妻もきっと喜ぶだろう。 私は彼女に釣りを教えてやることができる。生餌は私がつけるのだから、サービス満点だ。 本当に移転してきたくなるような町だ。子供のころから、川のそばの家に憧れていた。 さっき私は嘘をついた。 タテカンのそばに三十分もいたわけではない。うち二十五分ほどのあいだは、橋の上から町並みを見おろし、うっとりとしていたのだった。
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