LAST
著者
石田衣良/著
出版社
講談社
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2003/09
ISBN 4-06-212050-X
 
もう後がない!追いこまれた7人のそれぞれのラスト!
 

運転資金に苦しむ街工場主が闇金の返済期日にとった行動とは?零細企業のサラリーマンが旧式のテレクラで垣間見た地獄、など追い込まれた7人それぞれのラスト!!直木賞受賞第一作、会心の一冊です!

崖っぷちの人間をダーク&ビターに書きました。ぼくの別な顔に、震えてください。――石田衣良


・LAST RIDE(ラストライド)……運転資金に苦しむ街工場主が闇金の返済期日にとった行動とは?
・LAST CALL(ラストコール)……零細企業のサラリーマンが旧式のテレクラで垣間見た地獄。
 ――ほか、全7篇。

石田衣良/著

1960年東京生まれ。成蹊大学卒業。広告制作会社勤務等を経て、'97年『池袋ウエストゲートパーク』でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、作家デビュー。'03年『4TEENフォーティーン』で第129回直木賞受賞。



あれほどしつこかった催促の電話が一週間ほど、ぱたりとやんでいた。
だが、福本修二の切羽詰まった気持ちに変化はない。
眠れぬ夜が明けて、朝がくるのが毎日怖かった。
この七日間だけで市中金融で切った小切手の決済が二度はあったはずなのだ。いつもならなんとか他から借りいれて借金を返すか、利息だけ払って期限を先延ばしするジャンプをおこなうかしているはずなのに、今回は放りっぱなしになっている。
一週間で十パーセント以上の高利をむさぼる小切手金融の、それもまったく無関係の三社がそろって音沙汰なしなのが信じられなかった。
修二は外まわりの営業を終えて自宅に戻った。
張りをなくしたシートに座ったまま、夕日にくすんだ自宅をぼんやり眺める。
これほどくたびれたワゴン車でさえ、この家と同じように抵当権が設定されていた。
修二の家は江戸川橋のこみいった住宅街にある古いモルタルの二階建てである。
一階の半分は家業の製本工場で、二階は子どもたちの部屋になっていた。土地・建物ともに近くの信用金庫から借りいれた運転資金の担保になって久しかった。
ほこりで曇ったガラス戸の奥には、二週間ほど稼動していない丁合機や紙折機が黒々と沈んでいた。
ほとんどは中古市場で市価の半分ほどで手にいれた設備である。
それを動かす工員は去年 の春まで三人いたのだが、現在は社長の修二と妻の日名子のふたりだけになっていた。
三社あった取引先のひとつが数年まえに倒産し、もう一社は発注先を絞るリストラにでた。
最後に残された中堅印刷会社に修二は日参して営業をかけていたが、この不景気ではまとまった量の仕事はふた月に一度ほどしかなかった。
サラ金からの借金も相当の額にふくらんでいる。
穏やかな小春日和の夕暮れ、修二はとことん切羽詰まっていた。
運転席にひとり座り、ハンドルをたたいて、思いきり叫び声をあげそうになる。
エンジンの音をきいたのだろうか、横手にある勝手口から日名子が顔をのぞかせた。
「おかえりなさい。今日の……」
日名子は修二の顔色を見て、言葉を途中でとめてしまう。
続きならわかっていた。
今日の仕事はどうだった?
修二はなにごともなかった振りをして、ワゴン車をおりた。
「エリカは帰っているか」
「ええ、さっき」
来年、高校受験を控えた長女の帰りがこのところ遅いのが、修二の気がかりだった。
当人にきくと、家は雰囲気が暗いから図書館にいって勉強しているという。
日名子はそれを電気代が助かると明るく笑い飛ばしていた。
家業の不調は家庭のなかまで響き、子どもたちは敏感に反応していた。
玄関先にはプーマのトレーニングシューズが脱ぎ散らかしてあった。
サイズは二十センチをすこし越えたばかりである。
小学校六年生にしては小柄な長男、修太のものだった。
つま先にほころびが見えるが、修太は新しいものをほしいとはいわなかった。
居間からはテレビゲームの音がにぎやかにきこえてくる。
今年にはいって新作ゲームのディスクなど一枚も買ってはいなかった。
修太はとうにクリアしたゲームを、何度も繰り返し遊んでいた。
「ゲームなら、むこうのテレビでやれよ。とうさんはニュースが見たいんだ」
修太はコントローラーをもったまま振りむいた。
「ニュースなんてどうせテロの話じゃん。同じ映像ばかりでつまんないよ」
それでも画面をセーブすると、修太はダイニングルームの隅にある十四インチにゲーム機ごと移動していった。
さらさらの茶色い髪はきっと日名子に似たのだろう。
髪の量も多くなく、最近の子どもによくいる色素の薄い子だった。
人間なんて簡単に変わるものだと修二は思った。
ジーンズが流行り始めた修二の十代のころから、日本人の足は急に長くなった。今、それは髪や肌、瞳の色にさえ及ぼうとしている。
大人のほとんどがこの国に自信を失っている状況では、それもしかたないのかもしれない。
修二はあぐらをかいて一日ひと缶と決められている発泡酒のリングプルを開けた。アフガニスタンの山岳地帯を見ながら、三分の一ほど一気に流しこむ。うまかった。
修二にはビールも発泡酒も変わらなかった。
安くてこの焼けるようなのど越しがあればそれでいい。
そのとき玄関先でインターホンの音が鳴った。
日名子がキツチンから応対にでた。ぼそぼそと話し声がして、日名子が暗い顔で戻ってきた。
「あなた、なんとかいうローン会社の人だって」
(本文P.7 〜9 より引用)


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