グロテスク
著者
桐野夏生/著
出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1905円+税
第一刷発行
2003/06
ISBN 4-16-321950-1
 
美貌の妹ユリコと名門女子高の同級生和恵−−最下層の娼婦として孤独でセンセーショナルな死を迎えた二人を取巻く黒い魂のドラマ。
 

光り輝く、夜のあたしを見てくれ。堕落ではなく、解放。敗北ではなく、上昇。昼の鎧が夜風にひらめくコートに変わる時、和恵は誰よりも自由になる。一流企業に勤めるOLが、夜の街に立つようになった理由は何だったのか。『OUT』『柔らかな頬』を凌駕する新たな代表作誕生。



わたしは男の人を見るたびに、この人とわたしが子供を作ったら、いったいどんな子供が生まれてくるのだろう、とつい想像してしまいます。それは、ほとんど習い性になっていて、男の人が美しかろうが醜かろうが、歳を取っていようがいまいが、常にわたしの頭の中に浮かんでくるのです。
男の人が、わたしの薄茶色の猫っ毛と対照的な、漆黒の硬い髪を持っていたりすると、その子の髪はちょうどいい柔らかな色合いの直毛になるだろう、などという具合のいいものから始まって、まったく逆の、とんでもない妄想もしてしまいます。
くっきりしたわたしの二重瞼に、相手の薄い眉が張り付き、わたしの小さな鼻に大きな鼻の穴がうがたれいかこうだかる。
わたしの肉付きのいい脚に厳つい膝頭。
甲高のわたしの足に四角い爪。
バリエーションを考え始めると、とめどありません。
そうこうしているうちに、想像の中の子供は、双方の欠点ばかりを寄せ集めた醜いものに、変わっていったりもします。
わたしがあまりじろじろ見ているので、相手の男の人が自分に気があるのだと信じ込み、滑稽な誤解が生じてしまったりすることもたまにあるほどです。
でも、わたしは不思議でならないだけなのです。
精子と卵子が結合して新しい細胞が造られ、命が生まれる。
それは、どのような形状をもってこの世に現れるのだろう、ということが。
精子と卵子がいがみ合って悪意に満ち、突然違う種類のものが生まれることはないのだろうか。
逆に相性がよくて、親を遥かに超えた素晴らしい生き物が生まれる可能性もあるに違いない。
精子と卵子の意志は誰にもわからないのですから。
よそんな時、わたしの頭を過ぎるのが、「想像図」というものです。
そう、よく生物や地学の教科書に出ていたあれです。
覚えていらっしゃいますか。
地層から発見された古生物の化石から、その形や習性を想像して描かれるもの。
たいがいそれは、海の中や空の様子で、動植物が極彩色で描かれています。
実は、わたしは子供の頃からその手の絵が怖くてたまりませんでした。
怖いというのは惹かれている証拠なのかもしれません。
(本文P.9 より引用)


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