ZOO
著者
乙一/著
出版社
集英社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/06
ISBN 4-08-774534-1
 
今最も注目される若手ナンバーワンの最新ホラー短編集。毎日届く恋人の腐乱死体の写真。彼女を殺したのは誰か。書き下ろし新作を含む全10編。
 

第3回本格ミステリ大賞受賞第1作。不思議な味の十編!毎日届く腐敗していく恋人の死体の写真。誰がなぜ・・・表題作。僕の声には生物を意のままにできる魔力が宿る。やがて僕は突拍子もない命令を思いつく・・・「神の言葉」他。



ママがわたしを殺すとしたらどのような方法で殺すだろうか。
たとえばいつものようにかたいもので頭を殴るかもしれない。
時々そうするように首をしめるかもしれない。
それとも自殺にみせかけてマンションのベランダから落とすだろうか。
きっとそうだ。
自殺にみせかけるのが一番うまいやりかたのように思う。
クラスメイトや先生はわたしのことを聞かれた時こう答えるにちがいない。
「エンドウヨーコさんはいつもなにか思い悩んでいました。きっと悩みを苦に自殺したのでしょう」
そしてわたしの自殺をだれも疑わないのだ。
最近のママのわたしに対する仕打ちは直接的で、肉体的な苦痛を伴うものが多くなってきた。
子供のころはもっと間接的で遠回りな嫌がらせだったはずだ。
妹のぶんのケーキはあるのにわたしのぶんはわざと買ってこなかったり、妹には服を買ってあげるのにわたしにはなにも買ってくれなかったり、精神面に響くことばかりママはやっていた。

「ヨーコ、あんたはお姉ちゃんでしょう、がまんしなさい」
それがママのいつもの台詞だった。
わたしとカザリは一卵性の双子だ。
カザリは美しくて活発で笑う時にはぱっと花がさくように笑った。
学校で彼女はクラスメイトや先生からとても愛されていた。
時々わたしに食べ残したごはんをくれるのでわたしも彼女が好きだった。
ママは故意にわたしのぶんの食事を作らなかったのでわたしはたいていいつもおなかをすかせていた。
かといって勝手に冷蔵庫を開けるとママが灰皿で殴りかかってくるので怖くてつまみ食いすることもできなかった。
腹がへって死にそうだあとあえいでいるわたしに向かってカザリが食べ残しの載ったお皿を差し出すとき、正直、わたしの目には妹が天使に見える。食べかけのグラタンやらよりわけられたにんじんやらを皿に載せた白い羽根を持つ天使である。
わたしに食べ物を与えるカザリを見てもママは怒らなかった。
そもそもママがカザリをしかりつけるといったことはなかった。
ママはカザリをとても大事にしていたからだ。
礼を言いながら食べ残しを食べつつ、わたしは本当にこの大切な妹をまもるためなら人殺しだってするかもしれないわと思った。
我が家には父親というものがいなかった。
気づいた時にはママとカザリとわたしの三人暮らしでわたしが中学二年生になった今でもそんな生活を続けている。
父親のいないことがわたしの人生にいったいどんな影響を与えたのかわからない。
もし父親がいたらママはわたしの歯を折ったりタバコの火を押しつけたりしなかったかもしれないしそうでないかもしれない。
わたしの性格はカザリのように明るくなっていた可能性もある。
朝、ママが笑顔でトーストや目玉焼きの皿を運んでくるのを見る時そんなことを思う。それらの皿はカザリの前に置かれるわけでわたしの食べるぶんはいつもない。だからそんな光景は見ない方がいいと思うのだけれどわたしは台所で寝起きしているので見ないわけにはいかないのだ。
ママとカザリは自分の部屋を持っている。
わたしにはないので自分の持ち物は掃除機なんかといっしょに物置へ押し込めている。
幸いにもわたしには所有物がほとんどなかったので生きるの
に大きなスペースはいらなかった。
学校の教科書や制服の他にわたしはほとんどなにも持っていない。
服はカザリのおさがりをほんの数着だけだ。
たまに本や雑誌を読んでいるとママに取り上げられることがあった。
わたしにあるのはひしゃげたぺちゃんこの座布団だけである。
それを台
所にあるゴミ箱の横に置きその上でわたしは勉強をしたり空想をしたり鼻歌を歌ったりする。
注意しなければいけないのは、ママやカザリの方をじろじろ見てはいけないということだ。
もしも目が合ったりしたらママが包丁を投げつけてくる。座布団はまたわたしの大事な布団でもあった。
この上で体を猫のように丸めて眠ると、なんと体が痛くないのである。
毎日、朝食を食べずに家を出る。
家にいると『なんでこんな子がうちにいるの?』という嫌そうな目でママがにらむので早く家を出るにかぎる。
家を出るのが数秒でも遅れると痔をつくる可能性がある。わたしがなにもしなくてもママはなにかとなんくせをつけてわたしを折櫨したがる
のだ。
登校中、歩いているわたしの横をカザリが通り過ぎるとき、わたしは彼女に見とれる。

(本文P.9〜11 より引用)


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