不安の力
著者
五木寛之/著
出版社
集英社
定価
本体価格 1300円+税
第一刷発行
2003/05
ISBN 4-08-781289-8
 
世界の構造が歪むいまの時代、不安を抱かない人はいない。不安を感じ、友として、生きる智恵を見つけてこそ、本当の人生だ!作家・五木寛之が身近なテーマを題材に、人を支えていく不思議で大事な力を説く一冊。
 

本書「プロローグ」より
不安とは、電車を動かすモーターに流れる電力のようなものだと、いつからかそう思うようになってきたのです。不安は生命の母だと感じる。それは、いいとか、わるいとか、取りのぞきたいというようなものではない。不安は、いつもそこにあるのです。人は不安とともに生まれ、不安を友として生きていく。不安を追い出すことはできない。不安は決してなくならない。しかし、不安を敵とみなすか、それをあるがままに友として受け入れるかには、大きなちがいがあるはずです。自分の顔に眉があり、鼻があり、口があるように、人には不安というものがある。不安を排除しようと思えば思うほど、不安は大きくなってくるはずです。不安のない人生などというものはありません。人は一生、不安とともに生きていくのです。そのことに納得がいくようになってきてから、ぼくはずいぶん生きかたが変わったような気がしています。


[目次]
プロローグ ぼくはこんなふうに不安を生きてきた;1 いま、だれもが抱える不安;2 「こころの戦争」に傷ついてしまう不安;3 若さが失われていくことへの不安;4 真に頼るものが持てない不安;5 時代にとり残されることへの不安;6 暴発するかもしれない自分への不安;7 働く場所が見つからない不安;8 病気と死の影におびえる不安;9 すべてが信じられないことの不安;10 本当の自分が見つからない不安;エピローグ 不安をより強く生きる力とするために

不安は恐ろしいものではない


不安。
いま、ぼくらは、なんともいえない不安の中に生きている。
不安。その言葉には、どこか重苦しいイメージがある。
色でいえば、まっ黒ではない。
形でいえば直線的ではない。
手ざわりでいえば、固くもなく、熱くもない。
くすんだようなグレイの色。一定の形もなく、深い霧のようにおぼろげで、じんわりと肌にまとわりついてくる感じがある。
不安の姿をはっきりと見さだめた人はいません。
「なんとなく」、そして「言い表しようのない」、そんな不気味で暖昧な感覚が不安にはあります。
不安の反対語をあえてあげるとすれば、「安心」ということになるのでしょうか。
誰しも不安からは逃れたいと思う。
できれば不安など感じないで生きていきたいと願う。
安心な暮らしをのぞみ、明日を信じて、おだやかな日々を送りたいと考える。
それは当然です。
不安、という言葉は、不安定という表現を連想させます。
バランスのとれていない、いまにも倒れそうな心のおびえ。
重くのしかかってきて、気持ちを暗くするだけではなく、体の状態までおかしくさせる不安。
心配、というのとはどこかちがいます。といって、恐怖でもない。
不安はもつとべったりとしたビニール質のねばっこさを感じさせます。
ぼくはものごころついて以来、ずっと不安を感じながら生きてきました。少年時代からそうです。
そしていまも、つねに不安につきまとわれながら生きています。
ときには不安で眠れない夜が続くこともあります。
以前、ぼくは精神安定剤というものをためしてみたことがありました。
精神を安定させ、不安を取りのぞいてくれるのなら、ありがたい薬だと思ったからです。
しかし、実際には、ぼくの不安感はすこしも軽くはなりませんでした。
そのことを知人の医師に話すと、「それは量が少なすぎたせいか、弱い薬を飲んだかのどちらかでしょう。もつと強いやつをしっかり飲むと、恐ろしいほど効くものなんですよ」

(本文P.8〜9 より引用)


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