はじめに
久坂葉子が他界して半肚紀の歳月が流れた。
久坂葉子は一般的にはすでに伝説の人であるかにみえる。
しかし、久坂が残した詩・短篇小説は今日なお瑞々しさを感じさせ、その頁撃な生きざまとともに、今日、改めて久坂葉子の文学とその存在の歴史的意義を再検討する必要があるように思われる。
作品から推察する限り久坂葉子という女性は自分にも他人にも正直な人であったと思う。
そして、存往感のある人であったようだ。
富士正晴は、そのおりおりの久坂について、
生きている中にわたしが接触した久坂葉子は、ものすごい美人であったり、ものすごく汚かったり、十六、七歳の娘にみえたり、三十歳位の落着いた女性にみえたりした寛容な感じの楽しい人であったと言えばいいのだろう。彼女の声はアルトで、聞いていると気持ちがおだやかになれた。
大変親切で、周囲の才能のある若い人の将来を心配してよく世話したことと、人の陰口をきかなかったことなどから、私は彼女が好きであった。
(久坂葉子のこと)
と述べている。
変化に富んだ、個性豊かな女性であったらしい。
富十が久坂葉子のことを右の文章の中で「やはり彼女は死に急ぎをしすぎたという気がした。
もっと生きて、もっと良い仕事が出来たはずの女だから惜しいのである」と書いたのは昭和五十四年(一九七九)のことであった。
それからも長い歳月が流れたけれど、久坂の才能を惜しむ声、久坂を追慕する声は絶えることがなかった。
久坂葉子の作品は、これまでに富士正晴をはじめとして、その早すぎた死を惜しむ人たちの努力で何点か刊行されてきた。
しかし、歳月の流れとともに、次第にそれらの書も入手しがたくなってきた。
今回、そうした状況を鑑み、久坂葉子の代表作を選んで、このような形で出版することにした。
作品は、編集部の森貴志氏と私が協議を重ねて選定した。
本書を編むにあたり、富士正晴氏の久坂葉子関係書、久坂の資料収集に努力を重ねている久坂葉子研究会の方々、そして久坂の文学とその人柄を敬愛する多くの人たち、本書の刊行を企画した勉誠出版社長池嶋洋次氏、刊行にいたるまで直接の労を執ってくれた森貴志氏に衷心より御礼申し上げたい。
志村有弘しるす
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