モヤシ
著者
椎名誠/著
出版社
講談社
定価
本体価格 1200円+税
第一刷発行
2003/04
ISBN 4-06-211609-X
人気作家が旅と家族と男の友情を描く小説。痛風の気が出て、これまでのビールウグウグ生活を改めようとモヤシを育てながらの旅に出て…。

敵な尿酸値だ!非プリン系食品に覚醒した旅をする作家は、利尻でモヤシを育て、久米島でモズクに命を救われる。X「え?こいつを連れていくの?北海道旅行に?」「そう。水をやりながら旅をしていくなんていいんじゃないの」「ええ?モヤシと旅をする男かあ……」旅とビールと怪しい人々の物語。


長いは えらい


この頃私はモヤシに激しく目ざめてしまった。
モヤシが食いたくてしょうがない。
「んなものいつでも売っているんだから勝手に好きなだけ食っていればいいではないか」
とヒトは言うかもしれないが、売っているから買ってきてそれを黙って食う、というのではあまりにも佗しい。
当然そこに心をこめたおいしいモヤシ料理というものを追求しなければならないのだが、問題はここからである。
モヤシのうまさはその独特のシャキシャキ的歯ざわり感にあるのだが、同時にモシャモシャ感というのも見逃すことはできない。
中華料理店の野菜妙めなどにはモヤシが入っていることが多いが、逆にモヤシの入っていない野菜妙めなどはちょっと考えることができない。
ここで一般的な野菜妙めの中にはどのようなものが入っているか少し考えてみたい。
最初に頭に浮かぶのは白菜であろうか。
続いてニンジン、シイタケ、タマネギ、タケノコ、ニラなどが頭に浮かぶ。そうだブロッコリーとかカリフラワーなどというのもいかにも”外人部隊”のようにして参加していたような気がする。
キャベツはどうなっていたのだろうか。
ここで私の知り合いの女性編集者数人に聞いてみると白菜が入っている野菜妙めにはキャベツはなく、キャベッのある野菜妙めには白菜がない場合が多いようだ、というとりあえずの、「ややうろ覚えながら」の見解を語ってくれた。
そうすると一般的な野菜妙めにおける主役は、白菜かキャベツか、ということになるようだ。
しかし白菜派だろうがキャベツ派だろうがこの両者に欠かせないのはモヤシであるような気がする。
このことをもう少し極端に考えてみるとモヤシがなければ正しい野菜妙めは成立しない、ということではないのか。
それにしては野菜妙め界におけるモヤシの地位はどうも不当に低いような気がする。
もしかすると本来ならば主役の座に就けるようなヒトじゃなかった、えーと、要するにそういう立場にあるモノがどちらかというと脇役的な地位に甘んじているのではないか。
そのあたりをもう少しなんとかしてやりたい、という思いが最近、私の中で日増しに大きくなっている。
野菜妙めだけでなく、モヤシが全体的にその実力のわりには軽んぜられた地位にあるのは「その安さ」ということも関係あるのではないか。本日スーパーで見たいましがた入荷したばかりのようなみずみずしいモヤシの一袋二〇〇グラムが38円であった。白菜やキャベツが季節によって値の変動が激しいのに対してモヤシの値段は通年安定しているという。そういえば旬の季節をはずした白菜が四分の一ぐらいに分断されてラップにくるまれて売られているのを見ることがある。私の子ども時代にはそんなふうに分断して売る白菜など考えられなかった。
その四分の一に切られた白菜をよく見ると、もうだいぶ日がたっているらしく、切り口のあたりが乾燥していくらか黒ずんでいたりする。
このような醜悪なものがそれでもなお野菜妙め界の主役的な位置にある、ということが私には許せない。

 

(本文P.5〜7より引用)


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