ドリームバスター   2
著者
宮部みゆき
出版社
徳間書店
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2003/03
ISBN 4-19-861651-5
シェンとマエストロが帰ってくる。夢に逃げ隠れる異次元の凶悪犯を追うドリームバスター。名手が編む痛快ファンタジー。

惑星テーラでは、意識を肉体から切り離し、自在に保管、移動する極秘実験「プロジェクト・ナイトメア」が行われていた。その実験機が大規模な暴走事故を起こし、人体実験に供されていた、凶悪な死刑囚50人が意識だけの存在となって、別の世界・地球に住む人類の夢の中へと逃げ出したのであった。その凶悪犯たちを狩る賞金稼ぎを「ドリームバスター」とよぶ。

どうやらわたしは満員電車のなかにいるらしい。
それともこれは町中の雑踏だろうか。
渋谷?新宿?ビルの谷間スクランブル交差点だろうか。
この人混みは何事だ?
肩が触れ合いそうなほどの距離に、見知らぬ人びとがぎゅうぎゅう詰めになって突っ立っている。
いや歩いている?みんな移動しているのだが、その移動スピードが一定なので、立ち止まっているように感じるだけだろうか。
前後左右、そこにもここにも、顔、顔、顔。ほの白い皮膚の色。
大きな頭。
パンパンにふくらませた風船のよう。
ゆらゆら揺れているところもそっくりだ。
わたしの顔もあんなふうになっているのだろうか。
手を持ち上げて頬に触ってみたい。
でも身体が動かない。
手足を動かしているという実感がない。だけど動いている。
ふらり、ふわり。
足元が定まらない。
頭の上を青空が通過してゆく。
刷毛ではいたような雲が流れてゆく。
とてもきれいだ。
あまりにもきれい過ぎて、本物の青空と本物の白い雲には見えない。
まるっきりスクリーンセイバーだ。
ざわざわと音がする。
風の音?いいや違う、人の声だ。
風船頭の群衆が眩いているのだ。
ひとつの言葉。ひとつの質問。
─ヒトチガイダ。
人違いだ。
我々はみんなそっくりだから、おまえには見分けがつくはずがない。
右も左も同じ顔。
前も後ろも同じ顔。
一ヒトチガイヲシタノダ。
そんなはずはない。
ちゃんとこの目で見たから、見たままに証言しただけだ。
市民としての義務を果たしただけだ。
誰に責められる謂れはない。
一オマエハウソヲツイタ。
嘘なんかついていない。どうしてそんな必要がある?
この心のどこに、嘘なんかつかなきやならない理由がある?
そうだ、やっと気がついた。
これは夢だ。
なんてデタラメな夢だろう。
ストレスのせいだ。
疲れているのだ。
警察沙汰に巻き込まれるなんて、ひどい目に遭ったからだ。
こんな嫌な夢、早く覚めてくれるといいのに。
早く起きよう。
一、二、三i
さあ、目を覚まそう。
そして忘れてしまうのだ。
そのとき、風船頭の群衆がいっせいにこちらを注目した。
半ば透き通った影のような身体を動かし、わたしに向かって指を突きつけた。
てんでに虚ろな目を見開き、ぽかんと口を開けて叫び始める。
オマエハウソヲツイタ1オマエハウソヲツイタ!

オマエハウソツキダ!
「違う!」と、わたしは声を限りに叫んだ。
「あたしは嘘なんかついてない!」
叫んで、叫んで、必死で叫んでいるのに、どうしても目が覚めない。
これは夢なのに、現実に戻れない。
ああ、どうして、どうしてどうして一

(本文P.7〜9より引用)

 
 


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