いま、会いにゆきます
著者
市川拓司/著
出版社
小学館
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/03
ISBN 4-09-386117-X
思いっきり涙を流してください。・・・書かれているのは、ただ『愛している』ということ

父子家庭に起こる愛の奇跡――。「愛している」という感情をこれほどシンプルに、しかし深く表現した小説は古今稀でありましょう。限りない優しさに魂が洗われるような、新たなるベストセラー恋愛小説の誕生です。

  これほど哀しくて、幸せな涙を流したことはありますか? 「愛している」という感情をこれほどシンプルに、しかし深く表現した小説は稀有と言えるでしょう。父子家庭に起こる愛の奇跡―わずか6週間のその奇跡が、父に子に、永遠に生きつづけるかけがえのない心の宝を与えてくれます。アーヴィング、ヴォネガットをこよなく愛し、リリカルだが湿度のない、軽いユーモアを含んだ語り口が、静謐な慈しみに満ちた愛情の物語をあざやかに描き出します。読者の一人一人が心の奥底で共有できる記憶が、この物語にはあるはずです。哀しいけれど幸福な、最高の恋愛小説です。


澪が死んだとき、ぼくはこんなふうに考えていた。
ぼくらの星をつくった誰かは、そのとき宇宙のどこかにもうひとつの星をつくっていたんじゃないだろうか、って。
そこは死んだ人間が行く星なんだ。
星の名前はアーカイブ星。
「アーカブイ?」
佑司が訊いた。
違うよ、アーカイブ星。
「アーカブイ?」
アーカイブ。
「アーカ」と言って、佑司は少し考えてから「ブイ?」と言った。
もういいよ。
そこは巨大な図書館のような場所で、すごく静かで、清潔で、整然としている。
とにかく広いところで、建物をつらぬく廊下は、その果てが見えないほどだ。
ここで、ぼくらの星を去った人々は穏やかに暮らしている。
この星は、言ってみれば、ぼくらの心の中のようなものだ。
「どういうこと?」
佑司が訊いた。
ねえ、澪が死んだとき、親戚の人たちがみんな言ってただろ?
ママは佑司の心の中にいるんだよって。
「うん」
だから、この星は世界中の人間の心の中にいる人たちが集まって暮らしている場所なんだよ。
誰かが誰かを思っている限り、その人はこの星で暮らしていける。
「誰かが、その人のことを忘れちゃったら?」
うん、そうしたらその人はこの星を去らなくてはいけないんだ。
今度は本当に「さようなら」だ。
最後の夜は、友達みんなが集まってさよならパーティーをするんだ。
「ケーキも食べる?」
そうだね、ケーキも食べるよ。
「イクラも食べる?」
うん、イクラもあるよ。(佑司はイクラが好物なのだ)
「それから」
なんでもあるよ。心配しなくていいから。
「ねえ、その星にジム・ボタンもいるの?」
なんで?
「だって、ぼくはジム・ボタンを知っている。それって、『心の中にいる』ってことでしょ?」
うううん(昨晩、『ジム・ボタンの機関車大旅行』を読んで聞かせたのだ)、いると思うよ、多分。
「じゃあ、エマは?エマもいる?」
エマはいない。
いるのは人間だけだよ。
「ふーん」と佑司は言った。
ジム・ボタンもいるし、モモもいる。
赤ずきんちゃんもいるし、もちろんアンネ・フランクもいるし、きっとヒトラーやルドルフ・ヘスもいる。
アリストテレスもいるし、ニュートンもいる。
「みんなで何をしているの?」
何って、みんな静かに暮らしているんだよ。
「それだけ?」
それだけって、そうだなあ、みんなで何かを考えているんじゃないかな?
「考える?何を?」
すごく難しいこととか。時間がかかるんだよ、答えが出るまで。
だから、あっちの星へ行っても、ずっと考えているんだ。
「ママも?」
いや、ママは佑司のことを考えている。
「そうなの?」
そうだよ。
だから佑司も、ずっとママのことを忘れずにいるんだよ。
「忘れないよ」
でも、おまえは小さい。
ママとはほんの5年しか一緒に暮らさなかったからね。
「うん」
だから、いろいろ話してあげるよ。
ママがどんな女の子だったか。
どんなふうにパパと出会って、結婚したのか。
そして佑司が生まれて、どんなに嬉しそうにしていたか。
「うん」
そして、ずっと憶えていてほしいんだ。
パパがあっちの星に行ったときママに会うためには、どうしてもおまえがママのことを憶えていてくれないといけないんだ。
わかるか?
「うん?」
まあ、いいんだけどね。

(本文P1〜5から引用)

 
 


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