マークスの山 上
著者
高村薫/〔著〕
出版社
講談社
定価
本体価格 648円+税
第一刷発行
2003/01
ISBN 4-06-273491-5
警察小説の金字塔 全面改稿!!21世紀、33歳の新生・合田雄一郎、登場

合田雄一郎は音一つなく立ち上がった。三十三歳六ヵ月。いったん仕事に入ると、警察官職務執行法が服を着て歩いているような規律と忍耐の塊になる。長期研修で所轄署と本庁を行ったり来たりしながら捜査畑十年。捜査一課二百三十名の中でもっとも口数と雑音が少なく、もっとも硬い目線を持った日陰の石の一つだった。

(本文より)

全面改稿!!
第109回直木賞受賞作

警察小説の金字塔
21世紀、33歳の新生・合田雄一郎、登場

「俺は今日からマークスだ! マークス!いい名前だろう!」――
精神に〈暗い山〉を抱える殺人者マークス。南アルプスで播かれた犯罪の種子は16年後発芽し、東京で連続殺人事件として開花した。被害者たちにつながりはあるのか?
姿なき殺人犯を警視庁捜査第1課第7係の合田雄一郎刑事が追う。直木賞受賞作品。

合田雄一郎は音一つなく立ち上がった。
33歳6ヵ月。
いったん仕事に入ると、警察官僚職務執行法が服を着て歩いているような規律と忍耐の塊になる。
長期研修で所轄署と本庁を行ったり来たりしながら捜査畑10年。
捜査1課230名の中でもっとも口数と雑音が少なく、もっとも硬い目線を持った日陰の石の一つだった。――(本文より)

 

著者紹介
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■村薫(たかむらかおる)
1953年、大阪に生まれる。国際基督教大学を卒業。商社勤務をへて、1990年『黄金を抱いて飛べ』で第3回日本推理サスペンス大賞を受賞。1993年『リヴィエラを撃て』で日本推理作家協会賞、『マークスの山』で直木賞を受賞。1998年『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞を受賞。他に『神の火』『わが手に拳銃を』『地を這う虫』『照柿』『晴子情歌』雑文集『半眼訥訥』などがある。

 

この暗い壁は何だろう────────────。
ぼくは目を見開き、上も下もない闇が割れるような音を立てているのを聞く。
山だ。黒一色の山だ。
顔に刺さる冷たい棘は風か、雪か。
覚えているのは、少し前まで身体じゅうの穴という穴を塞いでいたガス臭だ。夢中でその臭いから逃れた後、気がつくとぼくはそそり立つ真っ黒な垂壁の底におり、足の下の凍ったアスファルトが微かに光っていたのだった。
しかし辺りは暗すぎ、道路らしいものがどこへ続いているのかも見えなかった。
山だ。
黒一色の山だ。
稜線も何もないただ真っ黒な土塊の壁がのしかかり、路肩の下はまた黒い壁が落ちていくばかりの山だ。
ぼくはずいぶん歩き、どこかで峠の名前の書かれた標識を見たが、自分が登っているのか下っているのかも分からなかった。
かきわけてもかきわけても垂れてくる雪の力ーテンは網膜に張りついて消えず、風なのか山の音なのか、天空を回り続ける轟音もいまは耳や脳髄に棲みついて離れない。
そうだ、ぼくは父さんや母さんと車に乗っていたのだ。
かすかに思い出し・振り向いたが、車などもう影も形もない。
山だ。
墨色の山だ。

(本文P.13、14より引用)

 
 


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