五郎治殿御始末
著者
浅田次郎/著
出版社
中央公論新社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2003/01
ISBN 4-12-003351-1
新しき世を生きよ 武士という職業が消えた・・・・ 明治維新の大失業にもみずからの誇りを貫いた 侍たちの物語

明治維新とは、武士という職業が消えること。最後の御役目を終えた老武士の、己の身の始末とは――(表題作)。時代の境目に戸惑いながらも懸命に生きた人々を描く感動の時代小説集。

椿寺まで

ふいに立ち止まって鮭紐を結び直しながら、小兵衛が眩いた。
「いいか、振り返るんじゃあねえぞ。黙って俺の言う通りにしろ」
雑木林を透かす月かげが、ひんやりと新太のうなじを舐めた。
小兵衛の物言いは尋常ではない。
「うしろからついてくる二人は、どうやら追いはぎだ。俺が立ち上がったら、おめえはまっつぐに走れ。そこいらの藪に飛びこんで、じっとしているんだ」
様子の悪い浪人が二人、つかず離れずにうしろを歩いてくるのは気付いていた。
「だから高井戸の泊りにしようって言ったじゃあねえかよ。今晩じゅうに布田まで伸すって、かっぱぎに首を晒すようなもんだ」
「今さら四の五の言ったって始まるめえ。なあに、うまく話をつけるさ」
「金なら出したっておくんなさいよ。命あってのものだねなんだから」

(本文P.5より引用)

 
 


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