おわらない夏
著者

小沢征良/著

出版社
集英社
定価
本体価格 1300円+税
第一刷発行
2002/11
ISBN 4-08-774622-4
ピュアな感性の新鋭作家登場!

子供部屋の椅子にすわると、きらきらひかる夏の思い出が降ってきた。私は、すべてを書きとめる。タングルウッドでの家族、友達、森や動物……。小澤征爾氏の長女がピュアな感性でつづる話題作。

1.夏のはじまり

2001年7月、マンハッタンの朝はとても騒々しくはじまった。
ひっきりなしに道を通ってゆく黄色いタクシーの機嫌の悪いクラクション。
工事中の道路のマンホールからあふれ出る白い煙。
そんな音やにおいが、忙しそうに歩く人々の間を縫ってニューヨークの朝をいっぱいにする。
日差しはすでにコンクリートを熱く照らし、ぎらぎらと高層ビルの何百という鏡のような窓に反射する。
二晩すごしたニューヨークでは、友だちになるべく会えるだけ会ってしまった。
ニューヨークは確かに「のんびり」とできない街なのだろうけど、そのかわりに、いるだけでエネルギーが湧き出てくるような気がする。
夏は街全体がなんともいえなく臭いし、やたらにイライラしている人がいたりするけど、私はそんなニューヨークが理由なく好きだ。
不完全なのに完全な街。
だから、ニューヨークを離れるときはいつも後ろ髪を引かれるような気がしてしまう。
でも今朝は違う。心が早くタングルウッドヘいきたくてうずうずしていた。
午後、ボストン交響楽団の看板運転手のペッピーノが私と母と弟のユキを迎えにきてくれることになった。
まぶしい夏のひかりであふれるタングルウッドヘ行くために。
この大都会から車で3時間あまり離れるだけなのに、山奥の自然が美しくて、何もかもがいつまでも決して変わらないタングルウッド。
父が待つタングルウッド。
そして私が生まれてからこれまでのすべての夏を全部あわせた時間がつまっているタングルウッドヘ。
 
 


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