昭和天皇 上
著者

ハーバード・ピックス

出版社
講談社
定価
本体価格 2300円+税
第一刷発行
2002/07/30
ISBN4-06-210590-x
君主としての人間形成過程を克明に描く 初めて解明された昭和天皇像

君主としての人間形成過程を克明に描く
初めて解明された昭和天皇像
<2001年ピュリッツァー賞受賞>

明治天皇を範とする幼少時の教育、大元帥になるための軍事教育を通して人格はどのように形成されたのか。神格化されたベールの下の人間像とともに、病弱の父・大正天皇の摂政を経て即位、日中戦争のなかで政治的君主に変貌していく過程を克明に描く昭和天皇研究の一大金字塔。

 

目次

第1章――少年と家族と明治の遺産
第2章――天皇に育てる
第3章――現実世界に向き合う
第4章――摂政時代と大正デモクラシーの危機
第5章――新しい皇室、新しい国家主義
第6章――政治的君主の誕生
第7章――満州事変
第8章――昭和維新と統制
第9章――聖戦


著者紹介

■ハーバート・ビックス(はーばーと・びっくす)
■岡部牧夫/川島高峰(おかべまきお/かわしまたかみね)
■吉田裕(よしだゆたか)
【ハーバート・ビックス】
1938年、米国マサチューセッツ州生まれ。ハーバード大学にて歴史学および東洋言語学の博士号取得。30年にわたり日本近現代史に関する著述活動の一方、日米の大学で日本史を講じてきた。2001年まで一橋大学大学院教授をつとめた後、現在はニューヨーク州立大学ビンガムトン校教授。
【岡部牧夫】
1941年、東京生まれ。成渓大学政治経済学部卒業。著述、翻訳業。著書に『満州国』(三省堂選書、1978)『出処進退について――昭和史省察』(みすず書房、1989)『地球環境をめぐる旅』(三一書房、1992)『十五年戦争史論――原因と結果と責任と』(青木書店、1999)『海を渡った日本人』(山川出版社、2002)などがある。
【川島高峰】
1936年、東京生まれ。明治大学大学院終了、政治学博士。現在明治大学講師。著書に『銃後――流言・投書の「太平洋戦争」』(読売新聞社、1997)『敗戦――占拠軍への50万通の手紙』(読売新聞社、1998)などがある。
【吉田裕】
1954年、埼玉県生まれ。一橋大学教授、専攻は日本近現代史。著書に『天皇の軍隊と南京事件』『現代歴史学と戦争責任』『日本人の戦争観』『昭和天皇の終戦史』などがある。

日本の読者へ

本書は、昭和天皇、天皇制、およびかつて「天皇イデオロギー」を構成していた概念、価値、信念に焦点をあて、日本の二〇世紀を再検討したものである。本書で読者が出合うのは、ゆがめられた公的な天皇像とはまったく異なった天皇である。
この伝記で取り上げた昭和天皇は、受け身の立憲君主でも、日本きっての平和主義者.反軍国主義者でもなかった。
それどころか天皇は、昭和時代に起きた重要な政治的・軍事的事件の多くに積極的に関わり、指導的役割を果たした。その指導性の独特な発揮の仕方は、「独裁者」か「偲偶」か、「主謀者」か「単なる飾り」かという単純な二分法では理解できない。
天皇が全権を握ったり、独力で政策を立案したりすることはなかったが、天皇と宮中グループは、内閣の決定が正式に提出される前に、天皇の見解や意思が決定に盛り込まれるよう尽力した。そして、天皇の賛否こそが決定的だった。
天皇が賛否を口にしなくとも、何も言わないという行為自体が、天皇の意思を実行に移す当局者を大きく左右した。
昭和天皇は、私が本書で示したように、次第に日本の戦争政策の絶対的な中枢になっていった。
日本政府もアメリカ政府も、それぞれの思惑から、戦時中の天皇の役割をあいまいにするため、多大な努力をしなければならなかった。
日本国憲法下に天皇を在位させたこと、以前の政策決定に果たした役割を追及しなかったこと、戦犯裁判の可能性から救ったこと、それらが結局は、さらに多くの問題を生み出す結果となった。こうして歴史の事実が歪められ、戦争と降伏の遅延をもたらした政策決定過程の解明が妨げられ、日本の民主主義の発展も制約された。
私は、できるだけ状況を再現したこの伝記が、敗北に終わった戦争をめぐる日本での議論を前進させることを願っている。
さらに、本書が政策決定のプロセスに焦点を当て、日米両政府が昭和天皇を欺隔の構造の中に埋め込んだその方法を述べたことによって、現代日本の手づまり状態の理解が深まることも望んでいる。
本書では、さまざまな問題を取り上げた。彼はどういう人物なのか。
なぜ、またいかに日本の政治と軍事に積極的な指導力を発揮するよう入念に教育されたのか。
一九二〇年代後半における政党内閣の凋落に、天皇と「宮中グループ」はどのような役割を果たしたのか。
政治的・軍事的決断を迫られた、一九三〇年代初頭の満州侵略から一九四五年八月の帝国軍隊の降伏まで、そして降伏直後の段階にどのように行動したのか。
天皇と日本国民との関係はなぜ、どのように時代とともに変わったのか。
そして何よりも、昭和天皇の独自の過去を新たに批判
的に解釈することが、現代日本が抱える諸問題への我々の理解と対応に役立つのはどうしてなのか、などである。
私が昭和天皇に関するこの研究書を書いたのは、一九九一年から二〇〇〇年の冬にかけてである。
このタイミングは重要だった。
一九八九年の天皇の死後、学術書は言うに及ばず、天皇に身近に接した人たちの日記や回顧録がいっせいに出版された。
二〇世紀末まで研究が続いたため、私はこれらの情報を大量に入手することができた。
ただし天皇の私的な記録は、宮内庁が国民への公開を拒み続けている。
さらに、その時期に冷戦が終結し、軍国主義者と軍国主義が退潮し、とくに先進工業国における政治改革の推進要因になった。
世界のいたるところで、民主主義的な思想・行動が息を吹き返した。
私が昭和史の研究に没頭していたとき、日本の指導者たちは、バブル経済崩壊への対応と、銀行の経営陣、大蔵省の役人、周辺の利権屋たちの癒着が引き起こした不良債権問題への対策に追われていた。
高級官僚や経営トップに対する刑事罰を含む民主主義的な説明責任制度がない日本では、政権与党は公共の利益より既得権益の擁護を優先してきたのである。
日本の経済状況が悪化の一途をたどる中、国民は政治改革を求め、それが主要な政治課題となった。これと時を同じくして、国家主義を促進する新たな動きが現れ、その声は次第に大きくなった。
新旧の国家主義者は、社会的基盤を広げて政治の主流となり、国の安全保障や憲法改正をめぐる論議に影響力を発揮しはじめた。
軍が重要な役割を演じることはもうないだろうし、日本の国際的立場と東アジアにおける戦略的地位は第二次世界大戦前とは異なっているが、過去の重い歴史が消え去ったわけではない。
本書の英語版が刊行されたとき、日本では、アメリカの提督ペリーが開国を迫った時代から続けられてきた議論が再燃し始めていた。
すなわち、国内の民主主義を深化させる要求と、対外政策の実施におけるいっそうの自立性の発揮とをどう結合させるか、である。
本書の執筆中、私の念頭を去らなかったことがもうひとつある。アメリカ合衆国の指導者たちが、国際法を躁躍してベトナム戦争を推進したにもかかわらず、そのために死んだ何百万人ものベトナム人に対してまったく責任を取らなかったことである。
一九三〇年代後半、第一次・第二次近衛内閣のもとでの日本と同様、一九六〇年代後半から一九七〇年代初頭 にかけてのアメリカでも、戦争を継続させ、南ベトナムでの行きづまりと敗北を公に認めなかったのは政府当局者だった。
私が神秘に包まれた昭和天皇に焦点を当てたのは、二〇世紀のそれぞれの時期における日本の政策決定を把握し、日本という国家全体の権力構造をさらによく理解するためである。
さらに、民主主義的な変化が少数特権集団による権威と権力行使とを脅かすたびに、そうした変化を封じ込めるのに果たしてきた近代天皇制の役割についても私は検討を加えた。
このテーマの追及にあたって私は、日本社会をひとつに結び、昭和天皇とその官僚の政策に浸透していった政治的思考と道徳的信念とを議論の対象とした。
つまり、国体、皇道、天皇親政、そして精神的に優れ、神に加護された民族として均質の比類なき日本といった観念に対してである。こうした特徴が、天皇崇拝やさまざまな抑圧制度、言語習慣などとともに、無答責のエリートによる戦時下の権力行使を正当化してきた。
これらの思想のあるものは、一九四五年八月の敗戦後に復活し、敗北に至った戦争の本質をあいまいにするために利用されていることは否定できない。
したがって本書は、敗戦国の元首が、間接的にせよ著しい暴虐に加担したのに、処罰をまぬがれ名誉と権威のある地位に留まることを許された場合、その国がどうなるかの研究でもある。
今日、我々は天皇の免責に異議を唱える必要性をいっそう強く自覚しているが、その取り組みは、世界秩序を維持する時代の戦略方針によって踏みにじられているのである。
本書の優れた日本語版を産み出すのにお骨折りくださった翻訳者、岡部牧夫、川島高峰、永井均の諸氏に深く感謝申し上げる。
吉田裕氏には細部にいたるまで入念に本書全体を監修していただき、田畑則重氏と編集スタッフ一同は本書をみごとに完成させてくださった。
昭和天皇を題材にした本書が講談社から日本の読者に提供され

二〇〇二年七月

ハーバート・P・ビックス

(本文P.1〜5から引用)

 
 

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