昭和遺産な人々
著者

泉麻人

出版社
新潮社
定価
本体価格 1300円+税
第一刷発行
2002/07/25
ISBN4-10-364505-9
日本人の記憶に深く刻まれた昭和30年代を飾るお宝は、どう生まれ、どこに行ったのか!

伝書鳩、銭湯の富士、インドリンゴ、ハエ取り紙、赤チン、コンクリート製のゴミ箱、オート三輪……我々の前から姿を消しつつある〈ちょっと懐かしい遺産〉の世界。日本人の記憶に深く刻まれた昭和30年代を飾るお宝は、どのように生まれ、どこへ行ったのか? 街の達人がその生き証人たちを訪ね歩いた、知られざる昭和史。

あとがき

この企画を二年間連載していた月刊誌「新潮45」の〈45〉の意味合いは、文芸誌の世界では若い中年層とされる四十五歳くらいの読者を想定したもの……と聞いた。
そんな雑誌の編集者から「何か連載モノをやりましょう……」と声を掛けられたのは、僕もそのターゲットに入りかけた四十三歳なかばの頃、であった。
雑誌の読者層と書き手の僕の年齢がほぼ一致しているのならば、僕らの世代が「ぎりぎりで体験している類いの風物、出来事…」を探究するってのはどうか……とプランがもちあがった。
そのとき、一つ個人的に興味をもっていたネタが、本書の第一話で取りあげることになった”新聞社の伝書鳩通信”の話である。
物心つく頃、大人に混じって観ていた刑事や探偵モノのドラマで、事件記者が現場で手早く書きあげた原稿を鳩の足にくくりつけて本社へ送る………なんてシーンを眺めた記憶が薄らとある。
それをマネて、当時僕らが熱中していた少年探偵モノの主人公たちも、悪者のアジトに閉じこめられたときなんかに、何故かどこからか飛来してきた鳩の足に「SOS」などと記した紙を縛りつけて、助けを呼んでいたものである。
記憶の底にそういったエピソードは刻まれているものの、往時の実際の現場の話はまるで知らない。
新聞社の伝書鳩通信の状況とは、どういったものだったのだろうか。
どうにか”鳩係をやっていた元新聞マン”を探しあてて、この企画はスタートすることになった。
連載タイトルは、インパクトをもとめられて「消えた日本」とした。
「日本」というのも大仰だが、「消えた」と言い切ってしまったために、後々苦労することになる。
実際、完壁に日常から消えてしまったモノに関わっていた人々というのは、この世から消えてしまっている場合が多い。
また、そういったいわゆる懐しい生活用品の類いを生産していた企業の方も、葬り去った廃物についていまさら語ってもナンのメリットもない、ということで、取材交渉は難行した。
ま、読んでいただければわかると思うが、そんな事情で「消えたイメージはあるけれど、実は細々と生産されている」といったモノもけっこう含まれることとなった。
当初は、懐しきモノや事象の方に興味をもっていたのだが、取材を重ねるうちに、それらに関わった人物の方に興味の対象は移ってきた。
主に「昭和三十年代」が盛りの物事だから、お会いする方は僕より概ね二十、三十先輩の人たちである。
インドリンゴの事情を伺った青果問屋の御大、元マネキンガールの麗しいおばあちゃん……多くの先達の味わい深い言葉付きに魅了された。
そして、趣きのある町並みや風物と同じように、風情ある日本人の言葉も荒廃しつつあるのだ……と痛感した。
昭和遺産な人々、などと、勝手に”遺産扱い”してしまったが、市井の昭和遺産に関わった人々……と、敬意を表して付けたタイトルである。
取材でお世話になった関係者各位に、ともかく厚く御礼申し上げたい。
また、本文中「W」のイニシャルで時折登場する編集者・若杉良作氏には取材交渉等でとりわけ苦労をかけた。
彼とは新潮社に来る以前の”学研「ムー」”時代からの長いつきあいになる。
研究熱心な男で、ムー誌の取材で某新興宗教団体の山中の合宿所を訪ねた折、深部を探究したい……と、一人信者とともに寝泊りして帰った、なんてエピソードもあった。
本書は、そんなWのあくなき取材力に大いに支えられた。
書籍化においては、几帳面な仕事に定評のある出版部の葛岡晃氏が尽力してくれた。
これまでも何度か装丁でお世話になっている、”昭和三十年代モノの大家”峰岸達氏をはじめ、編集スタッフの皆様に感謝したい。

平成十四年六月

泉麻人

(本文 あとがきより引用)

 

 
 

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