親日派のための弁明
著者

金完燮(キム・ワンソプ)

出版社
草思社
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2002/07/18
ISBN4-7942-1152-X
発禁本 ・・・ 初めて公平な立場から書かれた日韓の歴史

韓国新世代の評論家が、抑圧的な旧体制を清算し、韓国を近代国家へと転換させた日本統治を高く評価。誤った歴史認識による反日教育を厳しく批判して韓国で事実上の「発禁(青少年有害図書指定)となった衝撃の書!

閉塞的な言論空間に風穴をあける「革命の書」!

韓国新世代の気鋭の評論家が、季氏朝鮮末期の歴史を公平な視点から検証し、抑圧的な旧体制の清算と朝鮮の近代化は日本の支援なくしてありえなかったとして日本統治を高く評価。韓国政府がおこなってきた反日教育をささえる歴史認識は誤っていると厳しく批判し、韓国で事実上の発禁処分となった革命的ともいうべき評論集である。
近代史をめぐって日韓双方にわだかまる閉塞的な言論空間は、本書の出現によって間違いなく風穴があくだろう。 

日本語版への序文

歴史とは現代の問題の反映でもある

韓国で生まれ育った私にはかつて強い反日感情がありました。
日本が嫌いで、日本語をまったく学びませんでしたし、日本語を使う人をみると不愉快になりました。
「気分が悪いから」日本を旅行したいとも思いませんでした。
パソコン通信(いまのインターネット)の掲示板に「日本の没落」と題したシリーズを載せたこともあります。
私自身の反日感情は、一九九五年の阪神大震災のころがピークだったと思います。
日本の被災額を推測し、当時半導体の分野で好況だった韓国が一〇年以内に日本を凌駕するという趣旨の文章を書いたりしていました。
その後、私の対日観は大きく変化していきます。
このことについては、いずれ詳しく書く機会もあるでしょうが、私の日本観において決定的な方向転換がなされたのは、海外旅行の結果であることはまちがいありません。
一九九五年に書いた『娼婦論』がベストセラーとなったおかげで、私はオーストラリアやグアムをなんどか旅行することができ、とくにオーストラリアには二年近く滞在しました。
そして九七年に私はシドニーで「日本の朝鮮支配は結果的によかった」という文章を書きました。
本書の骨子はこのあたりでできあがりました。
私は海外に出て初めて「実物の日本人」と会い、かれらが予想外(?)に洗練された人たちであり、韓国人と比べて立派な点が多くあることを知りました。
それ以上に私は、オーストラリアと韓国を比較してみたとき、開発途上国として出発した国は一世代や二世代ぐらいの産業発展では、とうてい先進国にはなれないという事実を痛感しました。
オーストラリアと韓国にはそれほど大きな差があったのです。
私は海外旅行をとおして、国際社会における韓国と日本の位置をより客観的に認識できるようになり、朝鮮の開国期と日本統治について、一方的に歪曲された歴史認識から徐々に抜け出し、バランスのとれた認識がもてるようになったのだと思います。
ところで韓国人にはなぜ反日感情が強いのでしょう。
私は韓国人、日本人、在日韓国人を問わず、機会があるたびにこの問いを発して話しあいましたが、満足すべき答えは得られませんでした。
しかし、つい最近、私なりにあるひとつの仮定に達しました。
つまり、こんにちの韓日関係は戦後日本と韓国を支配してきたアメリカの意図によってつくられた構図ではないかということです。
終戦後、韓半島〔糊辮〕を占領した米軍とソ連軍は、日本軍を武装解除し、朝鮮にいた日本人を着の身着のまま追放したのち、それぞれが自分の操り人形を前面に押しだして韓国と北朝鮮という国をつくりました。
その後、韓国と北朝鮮を統治した李承晩と金日成は、ともに強烈な反日指向をもつ人物です。
こんにち年配の人たちの話を聞くかぎり、総督府時代の朝鮮人は日本人としてのアイデンティティーをもちながら、かなり満足して暮らしていたと考えられます。
いまの基準でみれば、当時の暮らしが豊かであるとか満足すべき水準にあったとはいえないでしょうが、すくなくとも朝鮮人にとって、総督府は李王朝より一歩すすんだ統治者でした。
ところが、日本が戦争に敗れ、米軍とソ連軍が進駐してくると世の中が変わりました。
総督府時代にはたんなる犯罪者にすぎなかった人びとが、自分は秘密組織で活動していた独立運動家だと名
乗り、日本人と親しくしていた人びとが日本に敵対的な態度をとるようになりました。
さらに、それまで独立運動家という「職業」をもっていた人びとが海外から帰国すると、政治の主導権はあっというまに独立運動勢力ににぎられました。
韓国と日本はアメリカに占領された状態で、実質的にはアメリカの植民地としてすごし、一方アメリカは日本を再興させてはならないという意思をもって、韓国において強力な反日洗脳教育をおこなうと同時に、産業面においては韓国を、日本を牽制するための基地として育てました。
その結果、韓国にIT産業、造船、鉄鋼、半導体など日本をコピーしたこんにちの産業構造がつくられたといえます。
そしてこうしたことの背後には、有色人種を分割したのちに征服するという「ディバイド・アンド・コンカー」の戦略があったと思われます。
私は、戦後アメリカの東アジア政策は、さまざまな点で私たちに友好的とはいえなかったと考えています。
反日感情を意図的につくりだすうえで基本となったのが、歪曲された、まちがった歴史認識です。
韓国人は幼いときから、学校や家庭で、あるいは社会をつうじて、さまざまなやり方で捏造された歴史を学びます。
これによって、ごくふつうの韓国人は「総督府時代とは、あらゆる朝鮮人が日本人の奴隷として生き、搾取されて死に、追い出された時代だった」という認識をもつにいたります。
(本文P1〜4から引用)

 
 

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