からくり民主主義
著者
高橋秀実
出版社
草思社
定価
本体価格1800円+税
第一刷発行
2002/06/05
ISBN4−7942−1136−8
「国民の声」ってのは、いったい誰の声だ?

原発誘致問題、沖縄米軍基地問題、諫早湾干拓問題、オウム反対住民、統一教会と洗脳問題。これらの現場を実際に歩くことで戦後民主主義が生み出してきたひずみを炙り出す異色の試み。

「国民の声」ってのは、いったい誰の声だ?

さまざまな問題が噴出して右往左往の日本社会。いたるところで「権力」は悪行の限りを尽くし、「弱者」たる国民はつねに善良な犠牲者である。国民の怒りを背負ったマスコミは、悪いヤツらを鋭く追及する。
沖縄米軍基地、若狭湾原発銀座、諫早湾干拓地、新興宗教団体・・・。ところが、問題の現場に実際に行って確かめてみると、ことはそれほど単純ではなかった。わかりやすい悪者は容易に見つからず、あちらを立てればこちらが立たず、ややこしく絡み合った利害関係は、絡み合ったままのほうが安定していたりする。どちらが悪いかという話だけでは、どうにも収まりがつかないのである。
日本列島はどこもかしこも問題だらけ。どこかおかしな「戦後民主主義」に呪縛され、奇妙にひずんでしまった社会の、なまの姿をつぶさに記録したのが本書である。

序章 国民の声 ─ クレームの愉しみ

かつて私は、テレビ番組制作会社で雑用係、いわゆるAD(アシスタント・ディレクター)をしていた。
ADは忙しい。
というより、常に忙しく振る舞うのがADの仕事と教えられた。
スタジオ内では用がなくともひたすら走る。
ディレクターが「一○秒前」と言えば、「一○秒前」と大声で復唱する。
そして出演者が何か言えば、そのたびに必要以上に笑わねばならない。
面白くもないのに笑いつづけるのは非常な苦痛で、その場から走り出したくなる。
いつまで俺は走るのだろう。
考えただけで暗澹たる思いがした。
ADの雑用のひとつとして、番組放送時に局で待機し、クレーム電話を受けるという仕事があった。
走らなくて済むので、私には休憩のひとときだった。
夜九時、放送終了。
同時に電話が鳴る。
「もしもし」と出ると無言。
「……情けないね」
電話口でおじさんが、いきなりつぶやいた。
ぼやき系クレームである。
「こんな番組つくってさ、あんた、情けなくない?」
「はい、本当に情けないです」
即答。
私も同感だった。
ゴールデンタイムなのに視聴率がひとケタだったそのバラエティー番組で、私は有名人のそっくりさんを当てるコーナー『かおかおパネルマッチ』の担当だった。
登場したそっくりさんは全然似ておらず、スタジオは静まり返り、明らかな企画倒れだった。
とはいえ、私を含め制作側に「番組がつまらないのは、自分のせい」と思っている人などおらず、みな公然と「すげえ、つまんねえ」と言っていた。
「具体的にどこが情けないですか?」
私が尋ねる。
「どこってさ、ホント、情けないよ」
それでは困る。
おじさんの気持ちはわかるが、だから何なのか。
これでは謝りたくても謝れない。
結局、私たちはお互いの「情けなさ」を確認し、納得したのか程なくおじさんは電話を切った。
私はクレームを待っていた。
みんなに報告できるちゃんとした「クレーム」を。
正しいクレームのつけ方朝日新聞のテレビ欄に「はがき通信」というコーナーがある。
ここには、わざわざハガキにしたため、しかも実名入りでテレビ番組にクレームをつける人々が登場する。
インターネットの普及で闇の匿名クレームが氾濫する昨今、ここは陽の当たる公開のクレーム場と言えよう。
新聞社の選考を経て、文章も手直しが加えられているので、クレーム文法のお手本のようなものである。
まずは、オーソドックスなスタイルから紹介しよう。
「さんまのスーパーからくりTV」(日曜、TBS)を見ているが、解答者のある女性タレントの
「天然ボケ」にも飽きがきて、最近は彼女が答えるたびに腹立たしくなる。
めったに正解を出さず、真顔でふざけた答えをされると、見ている人をバカにしているような気がしてならない。(二〇〇〇年八月三十日)
出演者に腹が立つ、とはクレームの原点である。
「エラそうに」「何様のつもり」「バカにも程があ
る」……テレビに向かって誰もがつぶやくことがあるだろう。
つぶやくのは勝手だが、それをそのまま電話でぶつける人たちがいる。
テレビ朝日のニュース番組に出演する朝日新聞社の編集委員が「いつも笑っている、何とかしろ」と放送のたびに局に電話してくる人や、NHKのアナウンサーの顔が
「左右対称でなく、曲がっているのはおかしい」と訴えてくる人など、実例には事欠かない。
いずれにせよ、個人の趣味嗜好の問題なのだから、「だったら、見なければいい」ということになる。
この手のクレームは業界用語で「キチガイ」(放送禁止用語)と呼ばれる。

(本文P.7〜9より引用)

 

 

 

   

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