おかめなふたり
著者
群ようこ
出版社
幻冬社
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2002/03/10
ISBN4−344−00162−1
作家と猫の、愛情生活。 ある雨の夜やってきた 「おかめ猫」しいちゃんは、甘えん坊で暴れん坊の、女王様だった・・・・。笑えてジンとくるエッセイ集。

ある雨の夜、我が家にやってきた「おかめ猫」しいちゃんは甘えん坊で暴れん坊の、女王様だった。作家と猫の愛情生活を綴った、笑えてジンとくるエッセイ集

 

 

おかめ猫しいちゃん お目見え

それは一九九八年のゴールデンウィークだった。
世の中は連休中だというのに、私は、
「とほほ」
と嘆きながら、仕事場に通ってパソコンに向かっていた。
友だちのAさんとMさんは八ヶ岳の別荘に遊びに行ってしまい、私は隣人のMさんの飼い猫、十二歳のハンサム猫ビーちゃんを預かってお留守番をしていた。
ビーちゃんは車に乗せている間、
「うええーっ、うええええーっ」
と嫌がって延々と鳴くので、無理に連れていくよりはと、私に預けられたのであった。
五月一日の午前中、近くにある仕事場に行こうとドアを開けると、仔猫の鳴き声が聞こえてきた。
その声は昨日、おとといと、夜になると聞こえていた声と同じだった。
仔猫の
声が聞こえてくると、ビーちゃんは耳をぴんと立てて、首をかしげている。
「仔猫の声がするねえ」
「にゃー」
私もビーちゃんもその声は気になっていた。
近所の家で仔猫でも飼ったのかなと思っていたが、それにしては猫の声が甘えているというよりも、切羽詰まっているふうだったので、気にはなっていた。
その前にも夜がふけて鳴き声が聞こえてくると、マンションの敷地内を探してみたりしたのだが、近づくと声がぴたっと止まってしまう。
どこにいるかわからなかったので、私はそのままにして、部屋に戻ってきたのであった。
その日はぽつぽつと雨が降り出してきていた。
おとといよりも切羽詰まった鳴き声が、すぐ近くで聞こえてきた。
そしてふと見ると、マンションと隣の家との境のブロック塀の上に、白と黒のぶちの仔猫が、うずくまっているのが見えた。
私は目が釘づけになってしまったのである。
私は動物は大好きだが、一人暮らしをはじめて動物を飼ったことはない。
それは動物に束縛されるのが嫌だったからである。
かわいさはもちろんわかっているが、まず旅行には行けないし、生き物への責任もある。
とにかくペットショップで購入することは、私には絶対にありえない。
またマンション住まいだということもあり、敷地内に捨て猫をする人もまずありえないということで、動物を飼うことはないと思っていた。
ところが塀の上にいる仔猫を見たとたん、私は荷物を
放り出して、もしかしたら短距離自己新記録が出たんではないかと思うくらいの速さで、三階からマンションの中庭まで降りていったのである。
塀の高さはニメートルほどあり、百五十センチそこそこの私には、手を伸ばしても仔猫まで届かないので、たまたまそこにあった木箱を踏み台にして、塀をよじ登った。
「おいで」
手を伸ばすとものすごい勢いで塀の上を逃げていった。
捨てられたのか、はぐれたのかわからないが、猫にだってどこで生活するかを選ぶ権利はある。
人間が好きではなく、外で暮らしたいと思っている猫を、無理やりつかまえてくるのもかわいそうだ。
しばらく待っていたが、仔猫が逃げてしまったので、この子は私に助けられるのを望んでいないのだと判断して、荷物を取りに戻った。
ところが三階に上がったとたん、また鳴き声がした。

 

 

 

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