カシコギ
著者
趙昌仁(チョチャンイン)
出版社
サンマーク出版
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2002/03/05
ISBN4−7631−9408−9
韓国で160万部突破の大ベストセラー、ついに邦訳! 「父親」という生きものは、どうしてこれほど、哀しいのだろう?

韓国で160万部突破の大ベストセラー、ついに邦訳!
「父親」という生きものは、どうしてこれほど、哀しいのだろう?
白血病の子どもをもつ父親の、せつないまでの愛の物語。親であり、子であるすべての人に贈ります。

【本書のあらすじ】
白血病で入院中の息子、タウムを必死で看病する詩人のチョン。彼は幼い時、母親は出奔、その後父親から心中を持ちかけられるという悲惨な過去をもつ。
それだけに家庭と息子への思いは強かったが、妻は現実に目覚め、自らの望みをかなえるために大学の恩師のもとに走り、フランスに発ってしまう。
世間とうまく折り合えず、不況で仕事も失い、それでもひとり、息子のために必死に尽くすチョン。終わりのない過酷な闘病のなかで、タウムは言う。
「パパ、あとどのくらい苦しめば死ねるの。こんなに苦しんだんだから、もう死んでもいいじゃない」
だが、奇跡的にタウムに適合する骨髄ドナーが見つかった。絶望に沈む父と子に一筋の光が差す。しかし……

*カシコギという魚のオスは、メスが産み捨てた稚魚を必死に育て、子が成長すると自らは死んでいくという。


【発売前から大反響!】

ゲラ本を作成し、書店、マスコミ関係者に読んでいただきましたところ、涙、涙、そして絶賛の嵐!韓国では「読み終わるまで学校にいきたくない」と親を困らせた高校生もいたほどで、この作品はテレビドラマ化・舞台化され、”カシコギ・シンドローム”と呼ばれる社会現象を巻き起こしました。


著者紹介
チョ・チャンイン
ソウル生まれ。韓国の中央大学および同大学院卒業。雑誌社、新聞社の記者を長く勤め、出版企画チームを率いて、生命力のある多くの本を世に出した。その後、美しく温かい愛の物語を描いた『彼女が目を覚ますとき』『温かい抱擁』を発表して多くの読者に愛されている。現在西海の小島で執筆活動に専念している。


訳者紹介
キム・スンホ
1926年生まれ。早稲田大学ロシア語学科卒業。高校教員を経て、現在は日本語・韓国語の翻訳に従事。主な訳書に「英語は絶対、勉強するな!」(小社)、「井戸の中の韓国人」、「金大中自伝―わが人生、わが道」、「孔子が死んでこそ国が生きる」などがある。

第一章 空

パパはばかだ。
僕は今病院の窓から、ばかなパパを眺めている。
窓の外は雨だ。朝からずっと降っていて、夕方になってもやまない。
パパは傘もささずに、小児病棟の裏庭にあるベンチに座っている。
ベンチは雨でぬれ、パパも同じようにぬれている。
傘くらい売店で買えばいいのに、雨にぬれっぱなしだ。
そんなパパを見ていると僕は悲しくなる。
腹も立つ。
なぜ雨はいつまでもやまないんだろう。
雨の日には窓を開けてはいけないと、パパは言う。
僕が風邪をひくといけないから。
でもパパはずぶぬれだ。
どうしてなのって聞けば、パパはこう答えるにちがいない。
「パパは大入だけど、タウムはちびだからだ」
僕はわかったふりをするけど、パパの言葉にだまされるほどばかじゃない。
雨のしずくはミサイルのように、子どもだけを狙い撃ちするわけじゃない。
僕は世の中のことはほとんどわかっている。
来月には三年生の夏休みが始まるのに、小学生になってからの僕の出席日数は六か月にもならない。
でも僕は六年生の算数を一人で解けるほど頭がいいんだ。
ときどき、そんな自分を自慢したくなる。
相手はどこにもいないけど……。
僕が自慢できる相手はパパだけだ。
「勉強はそんなに大切なことじゃないんだよ。生きていくのを十だとすれば、勉強は一くらいかな」
パパは笑いながら言う。
それなら聞いてみたい。
残りの九はどんなことなのって。
でも聞けない。
なぜって、パパにもよくわかっていないような気がするから。
もしパパがそれを知っているなら、今みたいにしょんぼりとはしていないと思う。
パパはとても悲しそうに見える。
悲しいから、遠い空を眺めながら雨にぬれているんだろうか。
雨が悲しみを洗い流してくれるはずはないのに、身動きもしない。
パパはジャンパーのポケットを探っている。
煙草を捜しているらしい。
いつだったか、僕は嫌いなものを書き出したことがあった。
全部で二十五個あったけど、煙草は十三番目だった。

パパは好きだけど、煙草を吸うパパは嫌いだ。
ママはパパが煙草を吸うたびにかんしゃくを起こしていた。パパが煙草をやめたのはそのため
だ。でも僕が入院してからは、また吸いはじめた。吸っても吸わなくてもパパの勝手だけど、僕
はやっぱりいやだ。ママみたいにかんしゃくを起こすほどじゃないけどね。
好きな人のためには、いやなことでも我慢しなければならないんだ。パパは前にそう言ったこ
とがある。僕が世界で一番好きな人はパパだから、パパが煙草が好きなら我慢しなくちゃ。僕に
煙草の煙をかけることはないんだから。
僕たちがマンションの二十階に住んでいたころ、パパはいつもベランダで煙草を吸っていた。
ママが家の中では吸わないでと言うからだ。
僕はベランダで煙草を吸うパパを見たくなかった。ベランダの下から大きな手が伸びてきて、
パパを連れていったらどうしよう。手すりが折れて落ちたらどうしようと、いつも心配だったから。
でも断っておくけど、僕を弱虫だなんて思わないでほしい。
学校の先生は僕のことを男らしいといって、親指を突き出したりしていたんだ。
この病室で、一番我慢強いのも僕だ。ほかのみんなは注射や薬を怖がるけどね。
でも内緒なんだけど、高いところは苦手なんだ。おしっこが漏れちゃうような感じになるんだ。
ブランコやすべり台でも同じかな。
遊園地でジェットコースターに乗ったことがあったけど、気絶するかと思っちゃった。
そのとき僕は決心した。
大人になっても飛行機には絶対に乗らないぞって。
ベランダで煙草をふかしているパパの姿が目に浮かんだ。
でも今の僕がいやなのは、煙草を吸っているパパじゃなく、傘もささずに雨に打たれているパパだ。
僕はもうちびなんかじゃない。
パパは、僕をちび扱いするし、僕の前では、世界で一番勇敢なふりをしている。
でもひとりになると、今みたいに元気のないことがある。それを見ると、僕はしゃくに障る。
僕は白血病という病気にかかっている。
どんな病気かってことを、パパは話してくれたことがない。
これからも話してくれないと思う。
僕のいる病室は、白血病とその親戚の再生不良性貧血の患者専用だ。
この病気がひどい病気だってことは、パパが話してくれなくても、自然にわかってしまう。
僕は背が高くない。
白血病の治療をしている二年間に友だちの背はどんどん伸びたのに、僕の背はそのままだ。
白血病が僕の背を柱に釘づけにしたらしい。
自血病は、アニメに出てくる意地悪な猫、トムみたいだ。
僕は二十日鼠のジェリー。
どんなに逃げてもトムはジェリーを追ってくる。
決して逃がしてくれない。
入院と退院、入院と退院─。
二年間、この二つの繰り返しだった。
数えたことはないけど、もう十回以上になると思う。
短いときで一週間、長いときは二か月間も入院していた。
今度の人院はもう一か月になる。

(本文P.6〜9から引用)

 

 

 

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