原宿 セントラルアパート物語
著者
浅井愼平
出版社
幻冬舎文庫/幻冬舎
定価
本体価格 533円+税
第一刷発行
2002/02/25
ISBN4−344−40189−1
みな若く輝いていた。幻の場所の物語。

一九七○年代。原宿・表参道にあった「セントラルアパート」。多くのカメラマン、デザイナー、コピーライターが事務所を構えていたそこは、高度成長期のエネルギーを凝縮した梁山汕でもあった。今日も六七、号室、唐
津龍平のバーズスタジオには、伊丹十三.、タモリ、渥美清、植草甚一、寺山修司らが訪れる。時代の空気を活写した、青春群像小説 !

 

 

スノー・ジャー二ー

夜明けまで雪は降り続いていた。
太陽が昇る頃になって雪は止んだ。
空は銀色に輝いていた。
すこしだけ積もった雪は、陽ざしと車と人の動きで溶けはじめ、表参道のアスファルトは古びた鏡のような模様をつくっている。
街全体が眩しかったが、朝の空気は澄んですがすがしかった。
龍平は三日ぶりにセントラルアパートの一階にある喫茶店〈レオン〉のドアを押した。
コーヒーの匂いが店のなかに舞って龍平を包んだ。
窓ぎわに冬の切れるようなシャープな陽ざしがとどいている。
「龍平さん」
すこしハスキーだが明るい声が飛んできた。
ファッション・モデルのマギーだった。
マギーは白系ロシア人の父と日本人の母の間に生れたハーフで、アメリカン・スクールに通っていた。
容姿だけでなく立ち居振るまいもアメリカ人のような娘だった。
一年ほど前に芸能プロダクションの田辺エージェンシーにスカウトされてテレビに出演していた。
美しさにくわえ明るくユーモアのある性格だったこともあって、あっという間に人気者になっていた。
「一人?」
龍平はマギーの座っている椅子に近より、マギーを見下ろした。
マギーの金髪がガラス越しの逆光の陽を浴びてキラキラ輝いている。
「まあね」
マギーが龍平を見上げた。
薄茶色の瞳が深いところまで澄んでいた。
「めずらしいな」
「そうでもないわ」
「マギーに一人は似合わないよ」
「どうして」
「君は賑やかなコだからさ」
「失礼ね」
「どうして?」
「一人が似合わないってことは一人前の女じゃないって言われてるようなものよ」
マギーはむくれたような口調になったが、目は笑っていた。
「そういえば、そうかもしれない」
「それはないんじゃないの」
「一人前の女じゃないか、いいところに気づくじゃないか、マギー」
「まあ、そんなことより、座ったら、龍平さん」
マギーは目の前の椅子を引いて龍平の手をとった。
男の手を、こんなに軽く触るのは、やっぱりマギーがまだ少女から抜け出していないからだと龍平は思った。
顔見知りの、若いくせにやけに太ったウエーターのヨシが近づいてきた。
「コーヒーとトースト」
龍平はヨシに言った。
〈レオン〉は三センチほどの厚みのあるトーストを朝のサービスにしていた。
それにコーヒーのお代りが自由だったのでコーヒー好きの龍平にはありがたかった。
けれども、椅子が硬く小さいので長居することはできない。
よく考えられたシステムだった。
うわさでは東京でいちばん客の回転のいい喫茶店だと言われていた。
「久しぶりですね、またロケでしたか」
ヨシが水の入ったグラスをテーブルに置いた。
「うん、そうはいっても二、三日のね」
(本文P.11〜13から引用)

 

 

 

 

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