日本経済 生か死かの選択
 
  瀬戸際の日本経済 バランスシート不況を見誤った小泉政権への緊急提言。不良債権処理tp財政再建は構造改革ではない、早急に小泉構造改革とは切り離し、現実的な景気対策で大不況シナリオを回避せよ!  
著者
リチャード・クー
出版社
徳間書店
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2001/10/31
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ISBN4−19−861429−6

まえがき

最大級の経済実験をやっている日本世の中の動きは本当に速い。
私が前著『良い財政赤字悪い財政赤字』を出版してからまだ一年もたっていない。

しかし、この間にアメリカのITバブルは崩壊し、九月一一日に発生したニューヨークとワシントンに対する同時テロの衝撃は、米国経済の早期回復という甘い期待を根底から破壊してしまった。
実際にテロが発生したその時点に、ニューヨークの世界貿易センターにいて必死に逃げ回った一人として、このショックの大きさは決して過小評価すべきではないと思う。

その一方で、日本では何よりも構造改革を最優先するという小泉政権が大変高い支持率を得て誕生したが、国内の株価は内閣支持率と反比例して下がり、政権誕生以来一〇〇兆円もの時価総額が失われた。

前著の執筆時点では、日本の地価は底入れから反転に向かうかと思われたが、結局、そのかなりの部分はグローバルなITブームに支えられていたことが明らかになってきた。ITブームが崩壊したら、上がり始めていた土地の価格が、また下がり始めて、資産価格全般がおかしくなってしまった。

私が前著で「バランスシート不況の第二段階」と思った動きが、実はITバブルに支えられていたことに気づかなかったことは、私としても大きな不覚だった。
そういうことも含めて、ここ数力月の間にいろいろなことを考えさせられた。

本書の出版は、政府の経済政策に深い疑念を抱いていた徳間書店社長・松下武義氏の強い要請によって実現することになった。
私は、この時期に本を書くつもりはなかったのだが、松下氏から請われるままにまとめてみたら、新しく言うべきことがいくつもあることにあらためて気づくことになった。

そして、そのなかの最大のポイントは、今の日本は過去十数年やってきた、人類の経済史でも最大級の大実験をあきらめるか、それとも続けるかの瀬戸際に立たされているという点である。
このことを本書では「生か死かの選択」と呼んだわけだが、人類史上最大級の経済実験と言っても、多くの人たちには何のことやらピンとこないと思われる。

それはこういうことである。
日本では一九九〇年代の最初の一日からバブルの崩壊とともに資産価格の大暴落が始まり、二二〇〇兆円とも言われる富が消滅した。

これは日本のGDPの二・五年分にあたり、この数字は人類がこれまで経験してきた平時の「富の消滅」では、米国の一九三〇年代の大恐慌と並んで最大級のものである。
そして、これまでの人類史では、このような事態に陥った経済は間違いなく大恐慌という事態に突入し、またそこからの回復には多大な時間と財政支出を必要とした。

ところが、日本は当初から財政政策の出動によって大恐慌シナリオに陥る悪循環が始まるのを毎年毎年、事前に防いできたため、景気が悪い悪いと言われながら、日本のGDPはこの一〇年間ほとんど変わっていない。

これは人類史のなかでも初めてのケースなのである。もちろんこの間一四〇兆円を超える景気対策が打たれたが、景気の足を引っぱる逆資産効果は、株と地価の下落だけで二三〇〇兆円もあることを考えると、これまでの日本は一四〇兆円の堤防で一三〇〇兆円の洪水を防いできたことになる。

防いできただけでなく、この間、企業は借金依存度や損益分岐点を大幅に下げてきている。これらは、人類史上のどんな尺度を使ってみても大変な成果である。
ただ、こうは言っても、資産価格の下落率は後述の通りあまりにも大きく、そこで発生したダメージを埋め合わせるには、もう数年間の治療が必要である。

企業の借金圧縮努力は成果を上げているが、企業経営者が自分たちのバランスシートに安心するまでは、もう少し時間が必要だからである。
ところが、ここに来て小泉政権の誕生と、アメリカのITバブルの破綻に始まる世界同時不況のなかで、日本は極めて危ない方向へ行こうとしている。

というのも、一〇年間も不況が続き、しかも一四〇兆円もお金を使ったのに景気が全然良くならなかったので、人々は、何か違うことをやらなければいけないという、いわば「やけくそ」な心理になってきているからである。

 

 

 

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