フリッカー式鏡公彦にうってつけの殺人!
 
  大塚英志が熱望し、法月倫太郎が仰天する才能。戦慄の二〇歳!!ついに発動する最高にエッジなメフィスト賞!  
著者
佐藤知哉
出版社
講談社ノベルス / 講談社
定価
本体価格 880円+税
第一刷発行
2001/07/05
ご注文
ISBN4−06−182196−2

過去を振り返る、或いは時間を遡ると云う行為に対して『弱い』とか『後ろ向きだ』とか野次を飛ばす人間が意外と多いこの世の中だが、しかしその誘惑には誰一人として逆らえない。
だから僕は、人生最後の幸福期として記憶に焼きついたその日を、物語の一番最初に話そうと思う。
それで僕や僕の周囲の異常さが軽減されるのなら、本当にありがたいけれど。

七月二十九日。
夏の北海道。
炎天下。

七月最後の日曜日。
その日、佐奈が僕のアパートを訪れた。
「おに一ちゃん、おは」合鍵を使って寝室に入り込んだ佐奈は、僕の安眠をサッソク妨害してくれた。

「起きて起きて、ほらもうお昼だよ。お日様も出てるよ。こら、起きろ起きろおきろー」そう騒いで、青いタオルケットに包まれた巻き寿司状態の僕を揺すった。
「おきてるよ……」僕は渋々覚醒した。

頭と瞼が重い。
目覚めは悪い方ではないのだが、血圧が低いのがネックだ。
「起きてるから少し黙ってくれないか、悪いんだけど」

「お兄ちゃんが起きるんなら黙ってあげる」佐奈のアニメみたいな矯声が頭に響く。
「だから早く起きて。シャキッとしないと。シャキッと」
「しゃきっ?」

「そう、シャキッ。ほら早く起きて。せっかくの日曜日なのに寝てるなんて勿体ないと思わないの?」
「思わない」 
僕はタオルケットの中から答えた。

「日曜日は遊ばないと」
「違うって。寝る日だよ、日曜ってのは」
「もう。いっからオジサンになったのさ」

「なあ、今何時?」
「ああもう」佐奈は僕の下腹部を軽く叩いた。
「良いから早く起きなさい。ちなみに午前九時」「痛」僕はタオルケットから顔を出した。開け放たれた窓から、傲慢な日差と微風の攻撃が、瞬間的に僕を混乱させる。光に慣れていない双眸が痛い。思わず目を細めた。

「……あのさ、お願いが二つあるんだけど」
「何?」愉快そうに尋ねる佐奈。
「窓を閉めて欲しいってのと、もう少し寝かせて欲しいってお願い以外なら良いけど」

「朝飯を作ってくれ」
「じゃあ、起きてね」佐奈はタオルケットを剥ぎ取った。
「はいはい……」僕は観念した。

痛む目を擦りながら、緩慢な動作で起床した。
「全く降参したよ」そう叫ぶとベッドを降り、壊れた箪笥から洋服を取り出す。
タオルケットを手にした佐奈が背後に立っていた。


「おい、出てけよ」
「恥かしがり屋さんだね、お兄ちゃん」佐奈はタオルケットを頭から被った。
青いオバQ。

「これで見えないから、安心してどうぞ」
……何が、どうぞなんだ。
だが、それでも僕は着替えた。

僕はいつだつてこうだ。
佐奈が相手だと、どんな問題でも降参、或いは妥協してしまう。
仮に佐奈に右指を切り落とされたとしても、謝罪されたら赦すだろう。

自己に宿るこのプログラムミスの修正は、長い期間を費やして行なっているにも拘らず、いまだに完了していなかった。
何故……こうも妹に甘いのか。
理由は何となくだが察していた。
それは我が家の環境が強く作用している。

 

 

 

 

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