ウ・リーグ熱風録 海浜棒球始末記
 
  奄美大島を旅していたシーナは猟師たちが海岸で不思議なボールで奇妙な野球をやっているのをみかける。網についている”浮き玉”を流木で打つ漁師野球であった。  
著者
椎名誠
出版社
文芸春秋
定価
本体価格 1381円+税
第一刷発行
2001/06/30
ISBN4−16−357510−3

数年前のことだ。
奄美大島の広い海岸を歩いていた。
目の前に加計呂麻島が見える。

白砂の広い海岸は裸足で歩くと砂が足に程よく冷たくてなかなか気持ちがいい。
堤防に数人の母親と子供たちが輪になって座り、なにか食べている。
ソーメンのようだ。

ああ美味しそうだなあ、という顔をしてぼんやりしていたら声をかけられた。
「ちょっと呼ばれませんか?」はい。
呼ばれます。
呼ばれます。

旅にでたらできるだけいろんな人と親しくすることにしている。
東京にいるとつい無愛想になってしまうので、ヨソの土地でその埋め合わせをしている感じだ。
無愛想な顔をしていると気持ちまで無愛想に枯れてくる。

旅先で出会った人と親しくなるとやがてにこやかな写真などを撮らせてもらえる。
写真雑誌「アサヒカメラ」と「週刊金曜日」の表紙写真の連載をもう長いことやっているので、旅にでると、とにかく写真を撮っておかなくちゃ、という"業務意識"のようなものにいつも襲われる。
でもまあ写真を撮るのは昔から好きだったからそれがつまりは嬉しいのでもあるけれど。

ソーメンは独特の味噌だれをつけて食べる。
コクがあってじつに旨かった。
シソジュースというのも御馳走になった。

そのとおりシソでつくったジュースなのである。さっぱりしてこれもうまい。
ただし赤いシソでないと駄目らしい。
近頃はこれがなかなかみつからないという。

写真も撮らせてもらった。
礼を言ってさらに海岸を歩いていくと、今度はおとつつあんたちの集団と出会った。
集団といづても十人ぐらいだ。

頭に鉢巻きを締めている人が多く、風体からしてどうもみんな漁業関係の人々のようだ。
海岸で野球をやっている。
ビーチベースボールである。

思いつきで始めたようで、バットはそこらで拾った棒切れらしい。
つまりはまあ流木のようなものだろう。
楽しそうなので海岸に座って眺めていた。

こういうのもいい被写体である。
流木バットにあたるとコキーンと乾いたいい音をたて、球は一直線に飛んでいく。
ようにみえたが、どうも必ずしもそういうわけではないようだ。

バットの真芯にあたるとライナーはとりあえず一直線だが、少しスライス気味のフライになると海からの風に煽られているようで空中で相当にヘンテコな動きかたをする。
写真に撮っておこうとカメラを構えたら、おとつつあんの一人から声をかけられた。
「あんたもやらねいかい」気になっていたので薦露なく片一方のチームの一員に加えてもらった。

守備はみんな素手である。
ライトを守っていると早速カキンと気持ちのいいのが飛んできた。
ここで落としてしまうとかづこ悪い。

慎重にボールを受け止めてやややや!と思った。
軽いと思づたそのボール。
確かに重さはたいしてないが受け止めた両手にピシリと固く、どうにもなかなかタダモノではない。

球はそのあとも度々飛んできた。
漁師のバッティングは力任せだからあたるとでっかい。
ライナーは結構的確に捕球できるのだが、案外フライが難しい。

予想した落下地点の寸前で「パーカ」とあざけるようにいきなり方向を変えてしまったりするのだ。
軽いので風に流されてしまうのもあるのだろうが、どうもそれだけではないヘンに生き物めいた動きをする。
一試合終わると、すぐそばにもやってある漁船の冷凍倉からよく冷えたビールがどどんと運ばれてきた。

「あんたも呼ばれねいかい」はい。
呼ばれます呼ばれます!ほんの三十分ほど走りまわった程度なのにそのビールのなんともぶつ倒れそうにうまいこと。うめいうめいと喉の奥から喜びの声をあげつつ、さっきのなんだか不思議なボールもどきをじっくり眺めた。
大きさはソフトボール大。真ん中に直径一センチぐらいの穴があいていてそれが向こうまで貫通している。つまり完全な穴空きボールであるから、これが空を飛ぶと、飛んでいく角度によって空気の流れに作用され、それでフライなどはヘンな動きをしていたらしい。

 

 

 

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