まえがき
美術館にいくのが好きです。
美術館の、白さとあかるさと無音さが好き。
書物も絵画も、あるいは映画も「物語」として認識されているのに、美術館がされていないのはおかしなことです。
しかも、書物や絵画や映画は物体としては平面ですが、美術館は立体で、現実に体ごとすっぽり入りこんでしまえる別世界です。
誰をもアリスにする場所だと思う。
いろんな国のいろんな街で、美術館にいきました。
そこで出会った絵について書くことは、でも勿論私について書くことでした。
一枚の絵の、線の力や色彩の力を伝えようとすることは、でも勿論文章の力を伝えようとすることでした。
もし私に美しい絵をかく力があったら、この本がかかれることはなかったと思います。
様々な時代に様々な場所にいた、そしていたさまを見せてくれている、美しい画家たちに嫉妬しつつ憧れつつかきました。
オレンジで始まって桃で終る、私的なラインナップの一冊になったことが嬉しいです。
書くことも読むことも絵をみることも(そしておそらく絵をかくことも)、すこし旅に似ています。
かく人と読む人とみる人が、旅先でばったり会うことも、たぶんときどきあるでしょう。
二〇〇一年六月
江國香織
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