はじめに「私」の人生の索引
誰に限らず人生というのはいろいろな要素で構築されているもので、一生を通じて遭遇するさまざまな劇は、悲劇にしろ喜劇にしろ、それぞれの要素の醸し出す出来事となって現れてきます。
そしてそれに対処するに、人間はそれぞれが備えた感性に依ってそれを捉え、そこに当人にしかわからぬ深い味わいの人生のドラマが展開していくのです。
しかしいずれにせよ人間の人生における劇とは、あくまで人間個人と己以外の他者との関わりにおいてであって、それは人間の自我が形成された近代以後のことでもあります。
つまりそこにこそ近代文学にとっての最大の主題、個人的現実と社会的現実の相克という劇の本質があるのです。
そして大方の場合その相克の中で、人間にとっての自らの感性、情念、つまり自らの個性の発露である個人的現実は社会的現実に敗北し挫折する。
それこそが、画一多量生産を念願しそのシステムによって発展繁栄してきた近代という社会における、文学の底流に在る最大の主題といえます。
いい換えれば、個性の摩滅を強いる近代社会の中でいかに個性的に生きるかということこそが、人間という存在の尊厳にかかる致命的な問題なのです。
という意識と無意識の感知の元に私は私なりに生きてきたつもりです。
そしてそれを他人がどう評価するかは知らないが、私にはこの人生の軌跡しか描けなかったと思うし、そのことに後悔もしていない。
その軌跡の上の折節に私が味わった大小さまざまな私にとっての劇の中で私が感じ覚らされたことどもを、私は私の表現で手掛けた作品の中に織りこんできました。
それがこのアンソロジーです。
ですからこれは決して私の恐意的な蔵言集などではなくて、あくまで私が私なりに自分が生きてきた過程で考え感じたことどもを、私なりに捉え解釈もした私のかなり率直な人生論に他なりません。
それにしてもまあいろいろ書いたものだとは思う。
しかしまた、物書き以外の人間でも、誰しも実は己の人生の中での所感としていろいろ思い当たってきたものがあるはずです。
ですからこの本が、そうした人々にある部分である共感を抱いていただける切っかけになれば幸いです。
作者にとって有り難いのは、この本が私自身にとっても格好の簡略化された作者の内面的経歴書であることです。
自分で読み直してみて、なるほどあの頃この俺はこんなつもりで生きていたのかと思い直すに、これほど便利で効果的な手立てはありません。
つまり、いい索引ということか。
しかしなお、これ一冊で私という人間を理解出来たと思われても困ります。
人間の人生なんてそんな簡単なものじゃないのだから。
二〇〇一年二月
石原慎太郎
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