無影燈 (上)
話題のテレビドラマ「白い影」の原作として、医学界の内幕をも抉り、反響を呼んだベストセラー。作者の力量を十分に物語る傑作長編小説
著者
渡辺淳一
出版社
角川文庫 / 角川書店
定価
本体価格 540円+税
第一刷発行
1974/11/10
ISBN4−04−130708−2
大学病院の講師だった外科医、直江はなぜか栄進の道を捨てて個人病院の医師となった。優秀な腕をもちながらニヒルな影のある彼に、看護婦倫子は惹かれてゆく。彼の周囲には、さらに院長の娘や夫人らが群れ、慕い寄る。酒に酔い女に溺れながらどこか冷めた直江には、ある秘密が隠されていた……。話題のテレビドラマ「白い影」の原作として、医学界の内幕をも抉り、反響を呼んだベストセラー。作者の力量を十分に物語る傑作長編小説。

その一

「今夜の当直は小橋先生ではないのですか」午後七時の病室検温を終えて看護婦詰所へ戻って来た宇野かおるが、壁にかかっている医師当直表を見ながら言った。「そこは小橋先生になっているけれど、今日は変られたそうよ」詰所の机で、入院カルテを綴じていた志村倫子は、かおるの問いに、顔を上げずに答えた。「変ったって、どなたにですか」「直江先生らしいわ」「直江先生」瞬間、かおるは華やいだ声をあげた。「どうかしたのですか」「え、ええ」倫子に訊き返されて、かおるは慌てて口をおさえた。倫子は今年二十四歳の正看だが、かおるは今春から准看養成所に通っている十八歳の見習看護婦だった。

「四一二号の石倉さんが、また痛がっているのです」「お寿司屋さんのお爺ちゃんですね」石倉由蔵は中目黒で寿司屋を営んでいた六十八歳の老人だが、数年前から隠居して店の方は息子夫婦に任せていた。彼が渋谷に近い、このオリエンタル病院に入院してきたのは一か月前の、九月の末であった。胃の調子が悪くて、二十日間ほどT大学附属病院にいたのが、三日前に退院して、この病院に廻されてきたのである。「またうつ伏せになって捻っているのです」「家族の方は付いているのですか」「息子さんのお嫁さんが来ています」倫子はカルテから目を離し、考え込むように白い壁を見た。

「直江先生は当直室でしょうか」かおるは器械棚の前で体温計を数えながら尋ねた。「いらっしゃらないでしょう」「でも、当直なのでしょう」「そりゃそうよ」「じゃ、院内のどこかにいますね」「いま少し前、外へ出ていったわ」「外出ですか?」かおるが訊き返すと、倫子は不機嫌に顔をそむけた。「当直なのに、どこへ行ったのでしょう」「ここだそうよ」倫子は机の前の壁に張ってある小さな紙片を指さした。紙片には走り書きの字で、〈直江、四二三─二八五〇〉と記されている。「これはどこですか」「バーらしいわ」「バーって、じゃお酒を飲んでいるのですか」「そうなんでしょう」倫子は他人事のように言うと、再びカルテを綴じはじめた。

かおるは、体温計を拭く作業を止めて倫子にきき返した。「当直中に、お酒を飲みにいったりして、いいのですか」「よくはないでしょう」「でも………」「あの先生はいつもよ」見習看護婦のかおるが、正式に夜勤当直のメンバーに加えられたのは一か月前からである。それ以来、直江医師と当直がぶつかったのは今夜が初めてである。「そのお店、病院から近いんですか」「よく知らないけれど、道玄坂の手前だと言ってたわ」病院から道玄坂までは歩いて十分の距離だった。

「でも、そこがバーだということはどうしてわかるんですか?」「そこから帰っていらした時は、いつもお酒くさいわ」「本当ですか」「嘘だと思うなら、かけてごらんなさい」倫子はカルテを綴じ終え、机の抽斗から入院名札と白墨を取り出した。「とにかく、石倉さんが痛がっているのですからかけてもいいでしょうね」かおるは弁解するように言うと、紙片のナンバーを見た。「四二三の二八五〇ですね」「石倉さんのことをお聞きするのなら止した方がいいわ」「でも、いま痛がっているんです」「一旦、頓服でも差し上げて、少し我慢してもらいなさい」「先生にお聞きしなくてもいいのですか」「頓服くらい、構わないわ」「でも……」

かおるが戸惑っていると倫子が言った。「聞いたって同じよ」「同じ?」「言うことはオピアトに決まってるわ」「オピアトって麻薬ですね」「麻薬のなかで一番強いわ、もっともそれだけ鎮痛効果はあるけれど」「それをうってはいけないんですか」「いけなくはないわ」倫子は筆に白い墨をつけて、新聞紙の上になでつけた。「あのお爺さんは胃癌ですね」「そうよ」「癌は痛くないと聞いていたのですが、あんなに痛がる人もいるのですね」「癌が胃だけでなく、背中の方まで拡がって腰の神経を圧さえているためよ」

「じゃ手術をしても助からないのですか」「駄目だから大学病院に見捨てられて、こちらに廻ってきたのでしょう」「可哀想だわ」看護婦になって半年、かおるは、さまざまなものを見て識つた。そのほとんどが若い彼女には初めての経験で、それだけにすべてが珍しく興味深い。「あとどれくらい生きられるのですか」「直江先生はせいぜい二、三か月だと言っているわ」「そのことをお爺ちゃんは知らないんでしょうか」 「もちろん知らないわ、知っているのは家族だけよ」「じゃ死ぬのを待っているだけですね」

「そういうことになるわ」倫子は筆を構えた。黒い木札に白墨で─室矢常男─と、今日新しく入った患者の名前を書く。達筆である。「今言ったことはお爺ちゃんに内緒よ」そんな、だいそれたことを本人へ告げる勇気なぞ、かおるにはない。彼女が真剣な表情でうなずいた時、病室からの呼出しベルが鳴った。ベルのナンバーは412だった。「石倉さんのところです」「ブロバリンの頓服を二つほど、持っていって、これで効くからといって差し上げて」「はい」かおるは救急医療箱から赤い包みに入ったブロバリンを持つと、廊下へ駈け出した。

オリエンタル病院は名前こそ大袈裟だが、院長の行田祐太郎が経営する個人病院である。場所は環状六号線が玉川通りと交差する少し手前で大通りに面し、地下一階地上六階のビルだった。ワンフロアー八十坪の一階は、各科の外来診察室を中心に待合室、受付、薬局、レントゲン室、などが並んでいた。二階は手術室、物療室、臨床検査室に、医局、院長室、事務室などがある。病室は三階から六階までで全部で、七十ベッドになる。外来は日によって多少の変動はあるが、一日平均百五、六十名は来る。表の看板には内科、外科、小児科、産婦人科、整形外科、皮膚科、泌尿器科、放射線科、と盛り沢山に書いてあるが、実際の常勤医師は、内科の河原医師、外科の直江医師と小橋医師、それに小児科で女医の村山医師の四名に、院長を加えた五人だけで、整形外科は直江医師が兼ね、産婦人科と泌尿器科は週二度ずつ、M大学病院からパートタイムの医師が来ていた。

看護婦は正看、准看、見習を含めて二十二名いる。院長の行田祐太郎は専攻は内科だが、この数年、外来にはあまり顔を出さず、気心のわかった河原医師に任せて、都議会議員や医師会理事といった医者とは別の仕事の方に精を出していた。彼は口さえ開けば、病院経営は儲からない、と愚痴をこぼすが、個人経営としては、この界隈はもちろん、東京全体でもかなり大きな病院であった。深夜の当直看護婦は二名である。正面玄関は救急指定病院なので八時までは開けておくが八時を過ぎると一応閉じてしまう。その後の急患は表戸の横のベルを押さねばならない。

その夜は当直医が出かけたのを見透したように、安静であった。病室では石倉由蔵が痛みを訴えた他は、三階の鞭打ち症で入院している杉本という青年が、寒気がすると言って風邪薬を貰いに来ただけで平穏であった。外来も五時迄の診療時間に遅れた患者が四名来ただけで、それも二人は簡単な傷のガーゼ交換で、二人は栄養剤と湿疹のきまった注射をうっただけである。二日に一度くらいの割で、運び込まれてくる救急患者も今夜はなかった。医師法の理屈から言えば、八時までに倫子の独断で渡した風邪薬や、ガーゼ交換をしたことは、当直医師の指示に従って行なっていないから違反ということになるが、そんな小さなことを倫子はいちいち直江に連絡をしない。

処置といっても内容は決まりきったことであったし、実際電話をしてみたところで直江医師のことだから、「前のとおりやっておけ」と言うだけに決まっていた。九時に病室の消燈は終えたが、直江医師はまだ帰って来なかった。夜勤の一応の仕事は終ったので、倫子は読みかけの、愛について女流作家が書いたベストセラーを読みだし、かおるはヴォリュームをしぼってテレビの歌謡番組を見はじめた。看護婦詰所は三階のエレベーターのすぐ右手にあって、入口と反対側の窓は通りに面していた。その窓の左右へ二十センチほど開かれたカーテンの間からは光の中の夜の街が見通せた。九時半に歌謡番組は終って、かおるは小さく伸びをした。

朝八時から病院に出て、午後から准看養成所へ行き、戻ってくると夜勤という一日で、若いかおるも九時を過ぎるとさすがに疲れを覚える。だが学校を卒える二年間は頑張らなければならない。倫子は顔が髪で隠れるほど首を曲げて本に読み耽っている。かおるは立ち上がり、テレビを消してから窓の外を見た。「直江先生はまだ飲んでいるんでしょうか」「知らないわ」倫子は本から顔をあげた。本の頁は三分の二を過ぎていた。「コーピーでも庵れましょうか」「そうね」かおるは身軽に立ち上がり、ガスに火をつけた。三階の詰所の奥の一角は白いカーテンでさえぎられ、その先に二段の階段ベッドと二つのロッカーが並んでいた。

コーヒーやカップはそのロッカーの上の段に置かれている。かおるはそこからインスタントコーピーと角砂糖を持ち出すと机の上に並べた。「「お砂糖は」「一つでいいわ」テレビが消えると思い出したように、夜の街の低い騒めきが甦ってくる。「淹れすぎたわ」かおるは零れるほど潰れたコーピーカップを、そろそろとソファの倫子のところまで運んできた。「ありがとう」「こんなに長い間飲んでいて、直江先生、大丈夫なのでしょうか」「さあ」倫子は訊かれたから仕方ないというように返事をすると、コーヒーを啜った。「急患で手術でもすることになったらどうするのでしょう」「やるのでしょう」「でも酔っていて出来るのですか」

「やらなければいけないでしょう」倫子の答えは相変らず素気なかった。かおるは当直医がいないまま、病院を預けられているのが急に不安になった。「電話をかけてみたらどうでしょうか」「かけてどうするの」「どんな様子か探ってみるんです」「放つときなさいよ」「当直を忘れたんじゃないでしょうね」「忘れるわけないわ」「でも、心配なんです」「心配?」突然、倫子は顔を戻すと、かおるを見据えた。「あなた、なにが心配なの」「急患が来たりしたら……」倫子に見据えられて、かおるは少し口籠った。自分達看護婦だけで、「私達の責任じゃないわ」倫子がつき放すように言った。

机の上の置時計は九時五十分を示している。かおるはなにか悪いことを言ったような気がしたが、当直医のいないことがやはり気になる。「院長先生は、直江先生がお酒飲みに出るのを御存じないのですか」「知っているんじゃない」「知っているのに放っておくのですか」「私は院長じゃないから知らないわ」そう言われるとそれまでだった。かおるは直江医師の長身で蒼ざめた顔を思い出した。顔は鋭く整っていたが、なにか冷え冷えとしていた。冷えたなかに底知れぬ怖さがあった。

「あの先生、三十七歳で独身だって、本当ですか」「そうなんでしょう」倫子はコーピーを置き、本を取り上げたが、読みはせず窓の方を見ていた。「あの先生、素晴らしく優秀で、三十二歳で講師になって、そのままいれば教授になる方だったんですって?」「…………」「そんな偉い先生が、何故大学をやめてこんな病院に来たんですか」「御自分で勝手に来たのでしょう」「でも折角大学のいい地位にいたのに、変じゃありませんか」「知らないわ」「恋愛問題が原因だとか、大学の教授と喧嘩をしたとか、いろいろ聞いたんですけれど、どれが本当でしょうか」「どれも嘘でしょう」「あたしもそう思うんです。

みんな勝手に想像して言っているらしいのです。でも本当にわからない先生ですね」かおるはこれまで、直江医師と仕事のことで、二、三度話したことはあるが、二人だけで直接話したことはなかった。直江医師と自分とでは二十歳近くも年が離れていて、考えていることも話すことも、まるで違うのだと思っていた。しかし、だからといって彼が年輩の看護婦と親しく話している様子もなかった。直江医師は常に一人で人々とは無関係でいるようだった。「どうしてお嫁さんを貰わないのでしょうか」「そんなこと、あたしに聞いてもわかんないわ」「あんな素晴らしい先生なら、沢山候補者がいるでしょうに」かおるは自分などは到底及びもっかないが、もし求められたら年齢の開きくらい無視して受けるに違いないと勝手なことを考えた。

「勿体ないわ」「要するに変っているのよ」倫子が吐きすてるように言った時、電話のベルが鳴った。「あたし出ます」かおるが立ち上がり、受話器をとると、いきなり男の声がとび込んできた。「もしもし、こちら円山町の交番ですが、オリエンタル病院ですね」「はい、そうです」男の声に交って、警笛や通りの雑音が聞こえてくる。「いま円山町で事件がありまして、これからすぐ救急車でそちらに向かいますから」「なんでしょうか?」「ヤクザの喧嘩で、切られたのは一人ですが顔が血まみれなんです」「一寸待って下さい」かおるは震える手で受話器を倫子に渡した。「ヤクザが、顔を切られたそうです」

「もしもし」倫子がすぐ聞き直した。「顔だけで、意識はあるんですね」「あると思うんですが、酔って暴れてひどいんです」「何分でこれますか」「いま車に収容しましたから、十分、いや五分ぐらいかな、これからすぐ行きますからお願いします」電話はそれで切れた。倫子は、そこに立ち尽くしていたが、すぐ気を取り直すと机の前の紙片を見て、ダイヤルを廻した。「外来へ行って電気をつけてきてちょうだい。それから表の戸を開けて、蒸気を出して」ダイヤルを廻しながら倫子はつっ立っているかおるへ命じた。病院はたちまち戦場の忙しさになる。直江医師が書き記していった電話番号の所はすぐ出た。

「はい、プランタンです」「そちらに直江さんてお客さま、いらっしゃいませんか」「直江先生ですか、少々お待ち下さい」音楽に交って男や女の話し声が聞こえる。プランタンという店の名は、倫子には心当りがないが、やはりバーのようだった。しぼらく間があって、女の声が返ってきた。「あのう、先生一時間前にお帰りになったそうです」「帰られた?」「ええ、それで出る時にお言づけがあって、四三八の」「待って下さい」倫子は机のボールペンをとった。「四三八の七二三六の方へいらっしゃるとのことです」「ありがとうございました」当直の夜に飲みに出かけるのがいけないことは当然だが、梯子をして歩くとは勝手がすぎる。倫子は腹が立ったが相手が出ないのでは怒るわけにもいかない。すぐ教わったダイヤルを廻す。

「”いせもと”です」今度の電話の声は男だった。「直江さんというお客さんを呼んで下さい」倫子は怒りをおさえて冷えた声で言った。日本料理屋ででもあるのか、酒の注文を通す威勢のいい声が受話器から洩れてくる。「いま参りますから」男が答えてから別の声が出た。「もしもし」声は間違いなく直江医師であった。「先生ですか」「突然なんの用事だ」「急患ですよ」「どういう患者だ」「ガラスで切られて、顔が血だらけだそうです」「いまいるのか」「いま着きました」腹いせに、倫子はすでに着いたことにした。「縫わなければ駄目か」「駄目だと思います」「そうか」まだ帰るのが惜しいのか、直江の声は少しの間途切れた。「これから戻る」「そこはどこですか」「渋谷だ」「そんなところまで行ったのですか」「タクシーを拾えば五分だ」

「すぐですよ、すぐ来てくれなげれば知りません、いいですか」もう一度念をおした時、電話はツーンという音だけを残して切れていた。かおるが外来から戻ってくる。「蒸気は出しました」「そう」倫子は思い出したように、手で持ったままの受話器を元へ戻した。「直江先生に連絡がつきましたか」「渋谷にいたわ」「渋谷ですか」「外来へ行ってみましょう」倫子が血圧計を持ち、廊下へ出た時、救急車のサイレンの音が遠く聞こえた。「来たわ」二人は同時に窓の方を見たが、音の方角は暗いビルの壁しかなかった。「顔を切ったって、どんなになっているのでしょう」「ガラスビンで切られたっていうから、ガラスがささっているかもしれないわ」「直江先生、帰ってくるのでしょうね」「知らないわ」エレベーターで二人が一階の外来に降りた時、サイレンの音はさらに近くなっていた。光をえて、静まり返っていた外来は、昼の明るさに戻っていた。

「あなた、手術室にいって消毒器から縫合セットを持ってきて、それからゴム手袋と」「あの先生の手袋の大きさはいくつですか」「七・半よ」倫子は外来ベッドの上に、血で汚れないようにレザーを敷いた。それから受付へ行き、外来カルテを出した。サイレンの音は角を曲った。この病院へ来る車であることはもう間違いなかった。救急車を待っている気持は何度くり返してもいいものではない。緊張感のなかにやりきれない気重さがある。処理に夜通しかかるような怪我であったらたまらない。大したことがないようにと願うのは、患者のためというより、そのほうが楽ができるという職業的な計算もある。ぶるんぶるんと、怒り狂ったサイレンが目的を失ったように空転したまま車が止った。正面のガラス戸を透して明滅するランプが見える。

倫子は処置室のドアを開いた。白い車体が夜の光の下で浮き上がり、救急車の後ろの扉が開かれる。運転台と後部座席から、ばらばらと二、三人の男がとび降り、表戸を開いた。「どこに入れますか」先頭のヘルメットをかぶった救助隊員の声は興奮で上ずっていた。「外科の処置室へ入れて下さい」「汚れますよ、顔も服も血だらけですから」「構いません」「酔って暴れて手がつけられないんです」後部座席から担架が引き出された。担架の周りには四、五人の男が寄り添って、患者をおさえているらしい。倫子は腕時計を見た。直江に電話をして五分経っていた。荒々しい量音とともに担架が運び込まれた。

「こらっ、落着いて」「静かに静かに」という救助隊員の声に交って「なに言ってやんでえ」という患者の声が聞こえる。「こちらです。こっち側のドアから入れて下さい」担架は観音開きに開けた処置室のドアから奥のベッドの上に運ばれた。倫子は素早く血圧計をもって患者の前に出た。「血圧を測りますよ」「馬鹿野郎」突然、血まみれの男がベッドの上に起き上がった。慌てて救助隊員が取りおさえたが、男は拳を振りあげて叫んだ。「離せつ……」「静かにしろ、ここは病院だぞ」

「なにが病院だ」男の顔は血で染まり、どこが眼か鼻か見分けさえつかない。酔った上に血を見て興奮したらしく、男は両手を滅茶苦茶にふりまわす。麻酔でもして落着かせないことには顔を拭くことさえできない。「駄目だわ」「先生はどうしたんですか」おさえている救助隊員の顔にも、男からの血が飛び散っている。「いま参ります」

 

 

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